【気功に学ぶ京大生活】京大卒の気功の先生 天野泰司さんインタビュー

以下は私、八木智大が京都大学に在籍していた2016年5月に、気功協会の天野泰司さんに対して行ったインタビューです。もともとは京大生向けのメディアに載せるつもりでしたが、様々な事情があって載せることができず、遅ればせながら私個人のブログに載せることにしました。よって大学生(特に京大生)向けの話になっていますが、一般にじゅうぶん通用する内容ですので、広く読んでいただけると幸いです。以下から記事をはじめます。

 

気功は中国由来の健康法だ。天野泰司さんは京都大学農学部を卒業し、今は気功の先生をされている。記者も教室に通っているが、気功にもとづいた考え方がおもしろい。学生生活や学びについてお話を聞いた。

 

〈天野泰司さんプロフィール〉

NPO法人気功協会運営責任者。京都造形芸術大学非常勤講師。1965年東京生まれ。12歳から高校卒業まで宮崎に育ち、京都大学農学部に進学、卒業。新卒で入社した鐘紡食品研究所を1994年に退社後、気功に専心。著書に『はじめての気功: 楽になるレッスン』 (ちくま文庫) 『気功の学校 自然な体がよみがえる』 (ちくま新書) 『治る力 病の波を乗りこなす』(春秋社)など。2000年に気功協会を設立。2013年より京都造形芸術大学の通信教育で気功の授業を担当している。Website 気功のひろば(NPO法人気功協会)

f:id:choyu:20180216145656j:plain

天野泰司さん

 

<悩むことは楽しいこと>

 

−−−−天野先生も京都大学を卒業されています。京大で学ぶときに、どういうことを意識するとよいでしょうか。

 

 京都大学には自由の学風がありますね。最近はハリボテ作りの折田彦市(1849-1920)先生像が毎年受験シーズンに姿を現しますが、元々はちゃんとした胸像が立っていました。その折田先生が、京大の「自由の学風」を作った方です。自由は本来、生命にとって自然なものです。ただ、折田先生の生きた時代は、今と比べると、お国のために、戦争のためにと、言論、研究への統制がありました。そんな中でも、自由を維持して、毅然とした態度をとってきた。それが今も生きています。

 大学で学ぶということが、様々な知識や技術を身につけるだけではないことは、みなさんよくお分かりだと思います。大学で学ぶということは、新たな気づき、創造へと向かっていくことです。その時に、自由が大切になります。どこかに制限があると、本来の気づきが訪れない。新しい何かは、無限の広がりを持った「自由」の中から生まれて来ます。

 学生生活で、迷ったり悩んだりすることがあると思いますが、悩むことも自由ですから、おおいに悩んでください。結論が出ない時は、体がワクワクする方向へ向かえばよいです。体の中にある自然のセンサーを働かせるには、ポカンとして一度頭の中を空っぽにします。そして、体に聴くんです。「どっちにしようかな」と悩んでいたそれぞれを思い浮かべて、何だかワクワクするものを選びます。すると悩んだらいいし、悩まなくてもいいということが分かって来ます。どの授業をとろうかとか、どんな進路に進もうかということは、実はそうやって悩むこと自体が楽しい作業で、悩むことは苦しみではありません。苦しみはその先の不安を思い浮かべて、頭の中が不安でいっぱいになることから生じてきます。例えば就職にしても、こっちは難しそうだ、こっちは給料が安そうだ、落ちたらどうしよう…と、不安は探し出すと次々に見つかるし、増えていくものです。ですが不安をあっさり手放して悩むことに専念すると、悩む事自体が楽しくなってきます。それでも頭であれこれ考えた末に選んだものは後になって悔やむこともありますが、体に聴いて決めたことは、後で悔やむことが少なくなります。自然の流れにそって進む方向を決められるようになると楽になり、悩むこと自体も減っていきます。

  

 

<自然にあった気持ちよさ>

 

−−−−気功をするときはどういうことを意識すればよいでしょうか。

 

 気功をやっているときは、気持ちよさに完全集中します。目的意識からぱっと離れてしまうと、効果が出てくるんです。それは潜在意識が、意識で強く思ったことに必ず反発するからです。気持ちよくやっていると、いつの間にか変わってしまう。ただ、その気持ちよさが、自然にあっているかが大切です。不自然なことをやっていて、気持ちがいいと思っても、それでは不自然なことを体にインプットしてしまっています。

 

−−−−気持ちいいことが、自然か自然でないかはどうやって判断できますか。

 

 不自然な気持ちよさはエスカレートしていきますが、自然な気持ちよさはその場ですべて満足します。自然界に生きているものはたいへんなことにも出会うけれど、そのつど全面満足です。動物も、植物も、細菌も満足です。動物でも、動物園で長く飼われているものは、不満があるかもしれない。その場で満足できて、エスカレートしていかないものが自然の範囲です。

 

 

<習慣化すること>

 

−−−−子どものころも、体のことをされていたとご本で読みました。

 

 宮崎の田舎の中学に行っていましたが、中国式の目の体操があって、毎朝放送部がカセットテープで流してくれるんです。全校生徒一緒に目の体操をして、最後に瞑想をして終わります。毎朝していたのは影響が大きいです。同じ時間に毎日するのが大事。なぜなら、習慣化するからです。色んな時間にばらばらにするよりも、時間が決まっている方が、無意識の習慣になる。朝になるとスイッチが入るわけです。それはとても助かっている。どの学校でもやればいいと思うんですけどね。特に高等教育に入る以前は、習慣として身につけたらいいことをやればいい。高等教育に入ってからは、好きなことを研究すればいい。それまでは、詰め込むことは不要なんです。

 

−−−−詰め込むことと、習慣化することは違うんですか。

 

 知識を養うんじゃないんです。そこで養うのは、人間性のようなもの。昔の日本の教育は、人間性を養うところが大きかった。ですが今は、はじめからテクニックとしての知識を教えてしまっている。そうすると、人間性を育てるための時間が欠如してきます。いまは学校がある以上、カリキュラムも必要で、その中で上手にやっていくしかないです。が、高等教育以前の学校がするべきなのは、こんな知識がありますよと、パックにして渡していくだけでなく、人が最もその人らしく生きていくための土台を作ることです。その意味で、瞑想のような時間は有意義です。ちょうど、私が担当している京都造形芸術大学の通信の授業で、北京にお住まいの方がレポートをくれたのですが、目の体操は「眼保健操」といって、今も北京の小学校の休み時間にやっているようです。同じように、日本の学校でも、こころを落ち着けて瞑想や目の体操をしたら、どれだけ効果があるかわからない。

 

 

<子どもに戻る>

 

−−−−ぼく自身、「進学校」といわれる私立の中高一貫の男子校で、知識中心の教育を受けたのですが、大人になった今からもう一度、必要な人間性を学ぼうと思うと、どうすればよいのでしょうか。

 

 それは気功の大きなテーマの一つですが、一度子どもに戻るということです。子どもに戻ると、基礎的な素養のようなものを学ぶ余地ができてくる。ところが大人の状態、それも思考が中心になって働いていると、基礎になるようなことが全然吸い取れないんです。赤ちゃんが見本と老子が言っていて、赤ちゃんみたいに生きようじゃないかと、気功も発展していきます。思考的な働きがぽーんと飛んで、体の感受性がひらかれていて、ゆるゆるで、体もこころもやわらかで、通りがいい状態を作っていく。通りがいい状態をつくるのも気功だし、通りがいい状態でしていくことも気功です。後天的に身につけてきたことは、役に立つところもありますが、本当のことを学ぼうとしたら一回それを捨てなくてはいけない。捨てたからといってなくなるわけではないので、安心してぽんと捨ててしまえばいいです。

 

 

<性は他人のために動くこと>

 

−−−−『気功の学校』に書かれていましたが、「性は人の役に立ちたいという願い」というのがおもしろいとおもいました。

 

 それは整体の野口晴哉先生が書いていたことですね。それがふつうのことで、特別なことではないと、皆さんが思われるようになるといいと思います。人類が続いてきているのは性の働きがあるからですね。子どもを育てて、また新しい子どもができて…というつながりがある。それら全てが性です。その中の一部分だけを性として見がちですが、それを広い目で見るようになると違ってくる。

 

−−−−大学生で性に悩むことなどは多いかもしれません。

 

 年齢的に性の働きが顕著になる時期ですから、性やセックス自体に興味が出るのは正常です。あ〜よかったね〜ということですね。ただ、それが大きくなりますから、分散させることが必要なこともあります。

 

−−−−恋愛ができない、うまく行かないという悩みがあります。

 

 基本的に性というのは、他人のために動くことで、エネルギーを昇華していくということです。誰かを好きになる、その人のために何ができるかと考える。その人を自分のものにしようとするとそこに苦しみが出てくる。どうやっても自分のものにならないですから。自分の力をその人に対して出して行ける人が、自然に近くにできます。それを待つといいです。

 

−−−−誰でもそういう人ができるものですか。

 

 体の中にそういう欲求がある人はできます。それは頭の中の欲求とは別物です。子どもを作って子孫を増やしていく方向に動いている方は、自然に恋愛をして、自然にその人に尽くすようになる。そういうことをしない人もいる。それは体の欲求がないからなんです。他のところでエネルギーが大きく動いている。だから、必ずしも、パートナーを作らなくてもいいんです。

 

 

<体の欲求を原点に生きる>

 

−−−−結婚や子育てなどは経済的な問題もあります。

 

 経済を原点に据えないことです。経済を原点に据えると、生き方が狭くなってしまう。

 

−−−−では、何を原点にして生きればいいですか。

 

 体の欲求です。それは命の声みたいなものです。魂の叫びと言ってもいい。そうやって生きていると、性が当たり前になるんです。体の欲求に沿って動いていたら、人のためになることがメインになってしまう。することの中身は人によって違いますが、思わず人のために動いてしまう。それが一番気持ちがいいからです。性って気持ちがいいものじゃないですか。人のために動くのは、ものすごく気持ちがいい。でも、その気持ちよさを、ほとんどの人がいま、体験していないんです。

 経済は道具でしかないんです。戦中戦後を体験した方とか、すごく強いです。一回何もない状態を体験しているから、どうやっても生きていけるという確信がある。でも今の人は、ちょっとでもお金がないと、生きていけないと思ってしまう。でも実際はお金がなくても生きていけるんです。日本に、お金がない人のための補助制度ってたくさんあるじゃないですか。それを目当てに、海外からたくさんの人が来るんです。すごい国ですよ。ところがみんな、お金がないと生きていけないと思っちゃう。おかしなことですよね。それで自殺までしたりとかね。どれだけ狭い視野の中で生きているのかということです。

 また、今の人たちは、経済的なことで脅されると、すぐにゆれてしまう。あるいは経済的なものを前につるされると、すぐに動いてしまう。それが今の日本を、作ってしまったんです。なんで原発があれだけ増えたか。みんな、経済的なにんじんがぶら下がっているわけです。過疎になると、仕事がなくて収入もない。原発が来れば全部それが解決される。そういう構造で、全部地方に持って行ったんです。人間がやってきたおかしなことの中に、経済による脅しと誘惑がありました。でもそれを外していくと、ずいぶん自由になれる。

 経済を考えずにやっていると、経済が後からついてくることがあります。山科にある一燈園西田天香さんの生き方はそうです。完全に無一物、路頭の生活をされました。何もない、何も持たない、けど生きていける。それを大正から昭和初期にかけてされました。非常に画期的なことでした。それは、とても充実した生き方だったんです。生きていること自体が、満足の連続なんです。経済にしばられないで、本当にやりたいことをやっていくのは、満足の連続なんですよ。もちろん、お金を稼ぐことも、やってもらって構わないのですが、そこにしばられないことです。どんなにお金を見せびらかされても、ゆるがない。どんなにお金で脅されても、従わない。それが自立です。体の本来の欲求に従って生きていれば、自立が起きるんです。

 私自身、あまり収入はないですが、なければないで結構楽です。収入が低いと税金も安いですからね。きちんと働いていて、なおかつ収入がちょっと少なめという方が、実は一番苦しいのかもしれない。稼ぐ人はたくさん稼いでくれたらいいんですよ。楽しく、満ち足りた気持ちでね。もっと稼がなきゃというんじゃなくて。

 

 

<自由な学生生活の延長で生きる>

 

−−−−京大生で就職先など悩んでいる人も多いと思います。

 

 京大生そんなに悩まないでしょう。

 

−−−−いえ、今は京大生だからって採用される時代じゃないです。

 

 違う違う。学生の生活の土台がね、普通の大学に行ってるのと違いますから。

 

−−−−違いますか。

 

 違いますよ。例えば吉田寮に住んだりしたら、月々数千円で生きていけるじゃないですか。実際に寮に行く人は少ないですが、そういうことができるくらい、他の大学と比べてもライフスタイルが自由です。その土台があったら、働くということに対してもかなり自由度があがる。京大生が苦労しないというのはそういうことを言ってるんです。授業も出ないで、部活やサークルなんか遊びほおけることができるじゃないですか。そうやってあまり勉強しなくても卒業できたりするのは京大生の強み。それが生きてくるんです。

 京大的な自由な生き方が学生時代にできるのは貴重なことです。ところが文部科学省はなるべく縛りを厳しくして、意味のない学部はなくすとか言っている。

 みんな学生時代はやりたいことをやったらいいです。その延長で、その後も生きていけばいい。それはね、やりたいことが間違っていてもいいんです。間違っていても、本当にやりたいことをやっていれば、どこかで修正される。でも、やりたくないことをやっていたら、修正がききにくいんです。だから、自分の体が動いていく方向を目指します。それを、体の面で淡々とやっていくのが、気功なんです。こんな感じだなあというのをそのまま出して行く。そういう経験って日常で意外と少ないわけですね。それを習慣化していく。あ、こっちの方に動いたら気持ちいいなというのを、そのままやっていく。どんどん力が抜けていく。これがなかなかいいぞ。そのままやっていく。楽な方へすっと動いていく。毎日充実する感じを作っていく。それをそのままやっていく。そこに、一定の技術がからんできます。それはふつう技術と呼ぶほどのものではないのかもしれないけれど、例えばゆっくり手をなでるとか、それがどれくらいゆっくりかを体験すると、技術であるということがわかってくる。ゆっくり首をまわすといっても、普通のゆっくりじゃなくて、気功では一分、二分、場合によっては三分や四分かけてまわしてもいいのです。そうすると、全然違った質の体験が起こる。それは体と向き合わざるを得なくなるからです。体の欲求に外れていると不快になってくる。いかに体の本心とコミュニケーションを取っていくかが、気功の核心です。だから、単純なことを十五分くらいやって、それを一週間続けるだけでものすごい変化が起こってくる。

 日々真剣に生きるのは大事ですよ。その瞬間に悟るかもしれない。世界が変わるかもしれない。それは、何か努力して打ち立てていくものじゃないんです。もともとあるもの。その充実した世界に、ぱっと入っていくことができるんです。あるから。作るものじゃないんです。引き寄せの法則がはやっていますが、幸福を引き寄せるという考え方はあまり望ましくない。あるんです。引き寄せなくても。引き寄せようとしないのが、幸福になっていくキーポイントなんです。無理に幸せになろうとせず、手放してしまうんです。

 就職は、ぴんとくるところへ行ってください。ある意味、勘です。仏教的なことばを使えば、縁があるところに行けばいい。そうしたら、頭で動いていなければ、必要なことをそこで学ぶことができます。そこで給料を得るとかいうことではなくてね、そこで何を学ぶかなんです。遠回りでくだらないことのように見えても、振り返ってみればすごく大切なことを学んでいたということがあるんです。最初からかちかちに考えないで、なんかここ呼んでるぞ〜と考えたらいい。なんかピンと来たところです。それも恋愛と似てるんですよ。あ、なんかこの人とピンときた感じを大事にする。それが、どうなってもいいということです。最初の就職先に一生涯勤めるという時代でもないですからね。どう変わっていってもいいんです。その自由度があってはじめて本当の学びが起こってきます。恋愛もそうです。その人と一生涯付き合わないといけない、その人の家庭を一生支えないといけないということじゃなくて、いつ別れてもいい、いつまたその充実した関係が戻ってきてもいいという状態で、付き合うんです。恋愛だけに限らない。あらゆる人間関係に同じことがいえます。ただ、男女間は子孫を作ることが強力に働きますから、引き合う力が大きい。だから逆に難しい面があるわけですね。

 就職を恋愛と考えたら、向こうがほしいけどこっちが見向きもしていないということがあります。そういうところも開拓してほしいですね。全然目につかない、そんなところ就職先としてあるんかな〜というところに京大生が入ったら大きな力になるんです。大きな企業に入ったらぺーぺーですが、そういうところに入ったらいきなり主任ですよ。そうやって動かしていくことができる。

 

−−−−京大生は大企業を志す人が多いように思いますが。

 

 それも全然いいんですよ。それも一つの恋愛のパターンです。私自身ね、いくつか受けましたけれども、企業のデータを比べてもわからないところがあるじゃないですか。それで昔、河原町の母と呼ばれる有名な占い師が、四条河原町の角にいつもいたんです。占ってもらったら、「大きな船に乗りなさい」といわれ、一番大きなところにしたんです。そんなもんです。どこでもいいんです。ご縁があれば、両想いであれば。

 

−−−−最後に、京大生におすすめの気功を教えてください。

 

 「心がおちつくやさしい気功」の動作は全部で10あるのですが、全部が出来ない時は、ゆっくり首をまわす動作をやってみてください。まず頭をぶらんと前にぶらさげて、一度ゆっくり息を吐きます。それから頭の重みで自然にころがっていくように、ゆっくりゆっくり、スローモーションのように回っていきます。後ろに頭が倒れるときには、あごがゆるんで口がポカンと開きます。回数は考えずに、淡々と気持よく好きなだけ回して、適当なところで反対向きに回します。こうしてゆっくり首をまわしていると、今まで気がつかなかった凝りや疲れや痛みなどに気づくことがあるかもしれません。そうして無意識に抱えているものが表面に現れてくることから変化ははじまり、一気に首がほぐれてきます。首は頭と体とをつなぐ重要なポイントですから、首がほぐれることで、頭に上っていた気がおりて頭がポカンとして楽になるし、体が頭の一方的な指令から自由になって、体も不思議なほどすっと変わっていきます。京大生は頭を使うことは得意でしょうから、この首まわしを覚えておくだけで、いろんなときに役に立つだろうと思います。ポイントはゆっくりです。現代は、より速くと、スピードを求めがちですが、手速く作業しようとすればするほど、仕事は雑になりがちです。その逆に、ゆっくりにしてみると、まず余分な力みが消えます。そして今まで気づかなかったことに気づきだし、ていねいで質の高いことができるようになります。いちど質の高いゆっくりを体験すると、今度は、その質を保ったまま速くすることもできるようになります。ゆっくり動くと、体とのコミュニケーションの情報量が圧倒的に増え、体との対話が深まるので、次々に変化していくのです。

 「心がおちつくやさしい気功」は、まずは動画を見ながら気楽にやってみてください。最低7日間続けてみることをおすすめします。京都造形芸術大学の通信の授業でも体験してもらっているのですが、2、3日やってみている間はまだ新しい質の動きに馴染んでいる段階であまり変化が感じられないのですが、4、5日経った頃から体の変化に気づき出し、たった7日間で人生が変わるような経験をされる方が何人もありました。気功は、一生懸命に頑張ろうとする方向とは逆の方向に進んでいくのです。楽な方へ気持ちが良い方へ、自然に動いていく。それは、全ての動物に共通した自然な方向性で、生命の基本的な性質とも言えるでしょう。その原点の自然へと、回帰していくのです。

吃音で悔しいこと

吃音で悔しいことって、職業選択の幅が狭まるとか、そういうことじゃないかとみなさん思っていると想像するんですが、ぼくの場合意外とそうでもなくて、もっと日常的なことなんです。高知県宿毛に一ヵ月だけ住んでいたんですが、そこで自転車を袋に入れてバスに乗ってきた人がいて、旅人同士親近感がわいて、その人に話しかけようかとおもい、でも結局やめたんですが、もし吃音じゃなかったら話しかけていたのではと思ったりするんです。また、そう思ってしまうのも、吃音を言い訳にしているようで嫌だなーと思うんです。

職業選択とかは、昔は本当に幅が狭まったと思うんですが、今は法律で合理的配慮を求められるようになっているし、手帳を持っていたら法定雇用の枠も使えるし、社会が進歩したおかげでそこまでマイナスでもなくなってきたと思うんですね。例えば結婚も、一昔前の、結婚が家と家との結びつきだった時代は、吃音など障害はマイナスだったでしょうが、恋愛結婚の現代だとマイナスにはならないでしょう。

でも、こういう人と人との一瞬の出会いみたいなのは、法律や制度がどうとかいう話じゃないから、むしろ吃音それ自体と一番深く向き合うことになるなーと思うんです。相手が吃音を知っているかどうかもわからない、どもって話しかけたら変な人と思われるかもしれない、そんなときにどうその人とかかわろうとするかというのが、すごく根本的なところなんじゃないかなーと思います。

バリバラの反響から

NHK バリバラ | 「どきどきコテージ」前編 ~ぎこちない出会いの巻~に出た

twitterみると反響が大きくてびびる 場面緘黙の人たちがすごい書いてる 吃音より場面緘黙の方がたいへんな傾向にあって 彼らかなり悩んでるっぽい

対してぼくは吃音ではもうあまり悩んでいないのである 現実的にいろいろたいへんさはあるけど まあ仕方ないというか 折り合いをつけてしまっている

「勇気を出して出てくれてありがとう」みたいな文章をtwitterでみるけど 別に勇気なんて出していないのである NHKから出てほしいと言われ 「また出れるのかー まえ楽しかったし今回も楽しいだろう ラッキー 近鉄特急にも乗れるし 志摩にもいけるぜー」 くらいの気持ちである

しかし思うに こうしてあまり悩んでいない人が出るのが大事なのだ それを見ていま悩んでいる人は あぁ…なんかどもってるのにあまり悩んでいないっぽい人がおるな と思い 自分も悩まずにすむのかもしれない と未来を思えるのである

ぼくも昔は悩んでいたのである 中学や高校のころは毎日ずっと吃音のことを考えていたのだった

あまり悩まなくなったのは 現実世界への適応が進んだからではあるが しかしそれで失ったものがなにかあるのかないのか と時々考える 別に失ってよかったもののようにも思えるし そうでないようにも思える 当時読んだ本はかつてほどの切実さをもっては読めないがいま読んでもおもしろいし 当時の気持ちを文章につづることもまあできる

悩まなくなったのは 「どもることは悪いことじゃない どもるときは恥ずかしいけれど 恥ずかしさを乗り越えよう」という考えを実践しはじめてからであった たしかに障害を「恥」としているのは旧社会的な考えであるように思う 車いすの人もふつうに道を歩けば(こげば)いいし 吃音の人もどもって話せばいいとは思う しかし同時に自分がどもるのを押して話すとき 「恥ずかしいという感情を封殺しようとしているな」とも思う

前に「恥ずかしさって何だろう?」を哲学カフェでやった 「恥ずかしさ」は大事な感情だ 自分の本心に気づかせてくれるものでもある 「障害が恥ずかしい」というのは 旧社会的価値観を内面化している面があるのは確かだが それが100%とは言えないように思う 「動物として 弱いところを見せるのは生存競争上損」というのもあるだろう 他にもなにか理由がありそうだ

恥ずかしいという感情ももっと大切にしてあげたいのだが しかしそうすると社会適応しにくくなる感じもあって難しい やはり多少ずぶとい方が世渡りはしやすい

中学高校はどもる恐怖に耐える日々だった

 もうずいぶん経ってしまったが、覚えているうちに書き留めておく。私立の中高一貫男子校に通っていたころのこと。一般に中間試験や期末試験というと嫌なものだろうが、ぼくはそれが待ち遠しくてならなかった。通常授業があるときは、毎日何度もカレンダーを見て、「試験期間まであと何日」と数えていた。「あと何日耐えたら試験期間」とも言っていた。

 授業は恐怖に耐える時間だった。クラスメイトの前でどもる恐怖にである。学問的な楽しさはあったが、それを味わうことができるのは「今日は当てられないだろう」と思えた時間だけであった。高2くらいになると、以前よりどもるようになったためか、あえてぼくには当てない先生もいたが、それはそれで「自分は他のクラスメイトとは違う。彼らはぼくのことをどう思っているのだろう。自分は彼らより劣った存在なのだ」と思われ、授業中そのことばかりが気になった。

 先生に相談することを何度も考えたが、できなかった。吃音で悩んでいるということを知られるのがみじめに思えた。生徒相談室というものもあり、カウンセラーの先生が週に何日かいたのだが、その部屋に常駐しているわけではなく、中学の職員室に行って誰か先生をつかまえ、カウンセリングを受けたいことを伝えてからしか利用できなかった。つまり、先生たちにぼくがなにかで悩んでいると伝わる仕組みである。何度も前まで行ったが、そこに入るのもあきらめざるを得なかった。

 吃音で悩んでいることは友人には一切話さなかった。もっとも仲がよかった友人がそれを察しないために冷たくあたったりもした(当然💢)。その友人に、大学に入ったころに電話で泣きながらいかに深く悩んでいたかを話した。当時のぼくと彼との親しさからいって、彼はなんらかの働きかけをぼくに対してしてくれてもよかったのだが、人の心がわかない男だから仕方がない。おもしろい男なのだがそれだけは何とかするべきで、また彼自身そこに苦しんでおり、何とかしてあげたいがどうしたらいいのかわからない。数少なかった友人のほとんどは、ぼくが悩んでいることに同情しつつ、それを表に出さずに付き合ってくれた。何人かは今でも付き合いがあり、変わらずいい友人である。

 「あと何日耐えたら」を繰り返しても、いつかは高校を卒業し大学に入る。このまま、向き合うべき課題から逃げ続けて大学に入って大丈夫なのだろうかと不安であったが、しかしやはり大学に入るのは希望であった。このままこの環境、生ぬるい地獄に居続けることは耐えがたかったが、新たな環境で壁にぶつかるであろうことに、希望の予感があった。予感は的中し、大学に入ってもがき苦しむことになるが、しかしその結果、視界は開けた。もがき苦しむといっても、なにか行動をしたわけではなく、周囲の学生がなにかやりたいことをするなか、ずっと耐え忍んでいた自分にはそれがわからず、人とコミュニケーションも取れず、家に半分引きこもっていたことを指す。村上春樹の同じ作品を10回以上読んで、読みつつ涙を流したり、ここはという部分に深く共感したりしていた。夕刻に部屋の壁にもたれて座っていて、突然激しい孤独感がおそうことがあり、そのときは心臓のあたりが締め付けられるように痛んだ。

 私立の男子校ではなく、公立の共学校に行っていればと何度も思ったし、今も時々思うが、しかし中高で経験したことは、楽しかったこともつらかったことも共に等しく大切な記憶である。近代を体現するものは、監獄・学校・軍隊・病院・工場だと言われるが*1、学校のおそろしさを骨の髄まで味わったということは、近代ーー我々が向き合わねばならぬものだーーのおそろしさを身に知ったということである。

 晴れて今は自由の身である。自由とは何とすばらしいものだろう!

*1:フーコーという偉い学者が言っているらしい

障害も被差別部落も「知らなくて当然」ではない

 「部落差別がまだあるなんて知らなかった」というぼくに、「ニセモノの世界で生きてきたんだよ」と答えた人*1がいた。その時はムッとしたが、歴史性と切り離されたベッドタウンで生まれ育つとはそういうことなのだろうと後で思った。

 ぼくも吃音について、「はじめはびっくりした。そんな人いなかったし」と悪気なしに言われることがあるが、そう言われて感じる違和感はまさに、「あんたの生きてきたんがニセモノの世界なんや」と答えたくなるようなものだと気づいた。厚生省の調査*2によると、国民の約6%がなんらかの障害を有している。吃音のぼくに会って驚いたなんていうのは、障害がある人と日常的にかかわる人からは出てこない言葉だろう。そして、本来は誰しもが障害がある人と日常的にかかわっているべきなのだ。そうなっていないのは、障害者を学校や会社やその他の場所から排除しているこの社会がおかしいのである。それを認識せず、驚いて当然のようなことを言うのは怠慢だ。「部落差別がまだあるなんて」などと平気で言えるのも、自分の育った近代社会(それは障害者を排除するものでもある)を当然として、歴史を学んでこなかったということであり、恥じるべきだ。

 部落差別はこのまま時代がすすめば解消するからほおっておいたらいいという、「寝た子を起こすな」論が言われるが、それは歴史を忘却せよということであり、障害者の問題にひきつければ、障害を見て見ぬふりをするとか、障害があってもそれを乗り越えて生きろということになろう。そうやって日々を送ることは、被差別部落出身者も障害者も可能である。むしろ、そうした方が金銭を得て「ふつうに」生きるにはたやすい。しかし、そこには常に痛みがともなう。見て見ぬふりをせず、自らのマイノリティ性と向き合うことが治癒であり、人生は治癒とともにある。痛みと向き合いながら人は死んでいく。

 吃音など見た目にわかる障害だと、障害をカミングアウトするのは比較的たやすい*3し、ときにはカミングアウトしなくてもわかってもらえる。障害をなかったことにするというのはさけられる。しかし、それに比べて被差別部落の出身者がカミングアウトをするというのは、なんとたいへんなことだろうかと思う。言わなければわからないものだし、言ったところで歴史を喪失した近代人たちがその深刻さをわかるわけではない。身近な友人などにそれを理解してもらうには、しっかり歴史を学ぶことを求めなくてはならない。しかし、自分のことを勉強してくれる友達がいるのはうれしいものだ。ふだん特に障害に関心を持たない友人が、ぼくが吃音だということで吃音について学んでくれたときはうれしかった。そのようにして、信頼がつくられるだろう。

*4

 

*1:東京都立南葛飾高等学校(定時制)元教諭・申谷雄二さん 昨年ー2016年ーに卒業論文のため竹内敏晴について調べていたときに お目にかかってお話しをうかがった

*2:

第1編 第1章 障害者の状況(基本的統計より)|平成25年度障害者白書(概要) - 内閣府

*3:それでも周囲にどう言うか深く悩む人は多い ぼくもそうだった

*4:この文章は 

らいとぴあ21 社会問題連続セミナー 差別するこころを科学する <第2回>

11/23、25 終活ゼミ。 ワークショップ参加者募集 - 降りていくブログ

に参加して出てきたものです。

吃音当事者団体で話したこと—「社会に適応しようとするのやめよう」など—

吃音シンポジウムというのが奈良言友会という吃音当事者会であって、「パネリスト」としてしゃべりました。

しゃべった内容は、以下のようなものです。

吃音の人や支援者の人たちが、みんないつも吃音の人がどうやったら社会に適応できるかを考えているように見えるのですが、そもそもこの社会がいろいろとひどいので、こんなひどいところに適応しようとするのがおかしいのではありませんか。社会に適応しないでも、なんとなく楽しく生きている人もいるんです。古くは仏道修行者、新しくはphaさんみたいなニートがいます。ちょうど、熊野の共育学舎という、ニートや引きこもりやその他いろんな人を、畑仕事などを手伝うかわりにタダで泊まるところや食事を提供してくれるところにお世話になっていますが、そういうふうにお金を使わずに生きていける場所は世界にいっぱいあるので、無理して学校行って会社勤めしようとしなくてもいいのではないでしょうか。どんどんドロップアウトして、この社会を根底からぶっ壊してやりましょう。

他の登壇者たちは、言語聴覚士であったり、吃音の人の就労支援をしていたり、当事者団体のリーダーであったり、大学の先生であったり、吃音の人を支援する立場なわけですが、ぼくはニートとして共育学舎にお世話になっていて、支援されている側です。こういう人前で話す場は、支援する側しか呼んでもらえないことがほとんどですが、支援される側が出て話すのもすごく大事なことでしょう。そういうわけで、呼んでいただけてよかったです。

「死にたい」がふっと生まれすぐに消える

ぼくはすぐに「死にたい」と言う。本気で死にたいわけじゃなくて、むしろ近頃はだいたい毎日楽しいのだが、それでもふと、何もやる気しないな〜というときや、将来不安だな〜考えるのめんどくさいな〜などと思ったときに、「死にたい」と口に出る。口に出てから、「あっ、また言ってしもた」と思うが、自然にすぐ忘れる。「死にたい」は、一瞬だけ発生するもので、言う前にも言う後にもない。夜空に突然小さな花火が光ったような感じだ。

また、過去の恥ずかしいことに対するフラッシュバックがずっとあって、その時も「死にたい」と口に出る。「過去の恥ずかしいこと」は、客観的に見るとしょーもないことなのだけれど、思い出したときのダメージがすごく大きい。道を歩いているときや、お風呂場でシャワーをしているときなどに、パッと花火のように思い出され、「死にたい」と早口で口に出る。外にいるときは、人に聞かれるとまずいとわかっているからか、そんなに大きな声にはならず、ひそひそ声のような大きさで口に出る。でも時々、ちょっと大きくなってしまうことがあって、その時は、近くの人に聞こえたかな…とちょっと焦る。

死にたいと口に出て、そうか、ぼく死にたいんか〜と気づく。死にたいという気持ちはあるけれど、同時に死ぬのが怖いとか、生きてたらもっとおもろいことができるという気持ちがあり、そちらの方が大きいことと、たぶんこれが重要なのだが、死にたいと思ってしまうこと自体が怖い(そう思うことは死に近づくことだから)という気持ちがあって、死にたい気持ちは普段抑圧されているから、無防備なときにパッと出てくるのだと思う。それが、今のつらいことや不安と結びつくのはわかるけれど、過去の恥ずかしいことと結びついているのが不思議で、調べようと思っている。一つには、「存在の危機」ということがあるように思う。「存在の危機」はぼくが最近よく使う言葉で、人間の行動や思考の根源の一つというイメージだ。しかし、これ以上うまく説明できない。

上に述べたような「死にたい」は一瞬で生まれ消えるもので、この文章を書いている今は、死にたいという気持ちは上とは別種類の、いつもある分しかない。死にたい気持ちを推測しても、死んだら全て終わりで楽くらいしか思いつかない。でも、それが大きいようにも感じられる。

ここまで書いて、自分の死にたい気持ちを認めてあげたいなと思った。書けて少し楽になった。

目的意識から離れる

吃音を治したいと小学生の頃から思ってきたし、今もそう思っているのだけれど、実際に治そうとするのは大学生の数年間にしただけで、今はもう疲れたからやめてしまった。治るかどうかわからないのに、色々と病院に行くのは消耗する。知り合いの吃音の人もわりとそんな感じで、若い人は治そうとしてがんばってるけど、おっちゃんおばちゃんはもうええわって感じでいる。

からだとことばのレッスンや気功は、吃音が治ることを期待してはじめたのだった。しかし、やってみると治るとか治らないとか関係なく、それ自体がとても楽しいことだった。

先月のからだとことばのレッスンでは、はじめの自己紹介で、「吃音があってそれで治したいと思ってはじめたんですけど、あんま治りそうにないなあって」と言ったら、ウケた。「楽しいから来てます」と続けた。実際、からだとことばのレッスンや気功をするようになったから吃音が軽くなったという感じはあんまりしない。かといって意味がないという感じもしなくて、このまま続けてたら何年後かに、急に吃音が出なくなる日が来る感じがする。

気功の先生が、「からだは急に変わることがあります。そのために、準備をするといいです。でも、変わろうと思いすぎない方がいい。自意識の働きに、からだは必ず反発するものだからです」ということを言っていた。

からだとことばのレッスンの瀬戸嶋先生にせよ、気功の先生にせよ、ぼくの吃音の症状を全然気にしないところがいいというかすごい。吃音みたいに目立つものがあると、それをなんとかしようとして先生の方が頑張ってしまい、レッスンを受ける側も、からだが期待に答えてくれないことで疲れてしまうことがあるものだが、というかそういうことが以前あったのだが、先生の方が特に気にしていなかったら、ぼくも気にせずにレッスンに行くことができる。

声を出すということは、吃音をどうするかが第一の問題だったが、それを越えるおもしろさを知れたのがよかった。どもっていてもというかどもっているからこそ言葉に真実味が宿ることがある。どもっても宿らないこともある。吃音を治そうというのは、社会に適応しようとか、「正常」になろうという姿勢であり、吃音を「悪」あるいは病気や障害としているのに対し、言葉を本当に相手に届けるとか、物語の世界を立ち上げるときは、吃音はそのように客体化することもできなくて、ただそこにあるもの、いや、ないものだ。吃音という状態も、物語の中に溶け込んでいて、忘れられうるものになっている。そこにあるのは、ただ物語であり、人や動物、山々と音など一瞬一瞬で移ろう自然だ。滝の近くにしばらくいると滝の音を忘れてしまうように、森の中を歩いていると森の中にいることを忘れてしまうように、吃音も忘れてしまう。

京都大学文学部を卒業しました

高校生くらいの人に向けてアドバイスを書きます。

受験について。ある程度の才能があってしっかり勉強すれば京大の文系は入れると思います。むしろ受験にこだわらずに多くのことを学びましょう。高校は受験のことばかり言ってくると思いますが、適当に聞き流して、ついでに授業も聞き流すかサボるかして、自分の世界と時間を大切にするといいと思います。

学部について。学部選びは大切です。もしかしたら大学選び以上に大切かもしれません。高校や親や世間は大学名にこだわるかもしれませんが、そこで4年間過ごすのはあなたなので、どの学部だと一番楽しく大学に通えそうか、よく調べて考えるといいです。京大についてよく知らないなりに言えば、法学部は単位を取るのが超たいへんで、かつ公職志向なので、官僚か政治家か法曹関係の仕事に就く覚悟がないと入らない方がいいと思います。文学部は学科が26もあって、かなり自由に授業も選べますし、単位認定も甘いです。学科選びも3回生の時なので、何を研究したいか考える時間的余裕もあります。授業も、ぼくにとって興味深いものがいくつかありました。振り返っても文学部にしてよかったと思います。もし間違って法学部にでも入っていたら、卒業できなかった可能性は高いと思います。

学生生活について。大学に適応できない人もいると思います。授業かサークルかどちらかに適応できるならまだしも、ぼくのように両方適応できない人も少しはいるでしょう。そういう時は大学を諦めて、町に出るといいと思います。京都や大阪は町中に学びの場がたくさんあるので、特に大学にこだわる意味はないように思います。そういうところは、色んな年齢の色んな背景の人がいて、同質的なコミュニケーションが苦手なぼくのような人には居心地がいいです。京大に入れたことがはじめは鼻が高かったりするものですが、そういう場で多種多様の人と交わっていると、どうだってよくなります。エリート意識がいい意味で消えて、本当に自分がしたいことは何だろうかと考えることもできるかもしれません。また、これは高校生の人にもいえます。ぼくは高校でも授業や部活に適応できませんでしたが、町中の学びの場を知らなかったので学校の外に友達を作ることもできず、けっこう孤独でした。部活とか無理して行かずに、大学生とか大人と楽しく学んで遊べばいいと思います。でも高校生くらいの年だとシャイなので難しいと思いますが。

京大(というか国公立大)でよかったこととして、学費が安いことがあります。ある程度貧乏だと、授業料が半額か無料になります。給付型の奨学金もけっこうありますが、期限が4月か5月中だったりするので、貧乏な人は入学したらすぐに奨学金係に行くといいでしょう。あと、休学するのにお金がかからないのも魅力です。家から通えたのもお金がかからずよかったです(学生定期めっちゃ安い)。お金があまりかからないと、大学生でいるプレッシャーが小さいので、気が楽ですよ。あまりバイトしなくてもよくなるので、自由な時間も増えます。

高校生の皆さんに言えるのはこれくらいです。京大に入って卒業したからといって、それで賢くなれるわけでもないのです。結局、勉強とか活動をするのはその人であって、大学が何かをしてくれるわけではないのです。高校までと違って上下関係とかも無視できますし、年齢などにかかわらず多くの人と関わって、あるいは人と関わらずに本を読むとかして、楽しくやればいいのではないでしょうか。世界は広いのです。○○大学に入れないと人生終わりとか、○○大学に入れたらいい人生になるとか、嘘です。価値は本当に多様で、自分の価値観を追求するのが大事です。親や学校の先生が言うことなんて、世界のごく小さな一部でしかないので、自分に合わないものは聞き流しておけばいいと思います。うーん、偉そうに書きすぎたかな。まあいいや。

恋愛に憧れている

 学びという点で恋愛に憧れている。学びは自らを更新するものだが、恋愛は力強い更新作用がある。

 人が自らを更新しようとするとき、妨げになるのは恐怖だ。仕事がつまらないのに辞められない、相手のことが嫌いなのに別れられない、無意味なネットサーフィンをしてしまうなど、今の状態がおかしいと直観しているにもかかわらずやめられないことがあるが、それはやめることでより本質的な何かを新たに考えないといけなくなることを恐怖しているからだろう。その恐怖の力は強く、なかなか乗り越えられない。お城の中で大切に育てられた王子様が、仮に自由意志を与えられたとしても、城の外に出て一般庶民として生きることを選ぶのは難しい。今までの人生の延長線上として、お城の中での生活を選ぶだろう。だが、王子様をお城の外に出させる力を持つのが、恋愛だ。「知」や「正義」もそうだと思うが、私には「恋愛」がより実感的だ。王子様は参内したヴェネツィア人航海士が献上した最先端の望遠鏡で、お城の上から町々を眺める。近くは肉眼でも見れるから知っているが、遠く町外れの被差別部落をはじめて目にする。この世にはあのような地域があるのかと驚き、それから毎日その部落を眺める。ふと、そこで生きる少女に目がとまる。みすぼらしい格好をして働いている。その泥と埃の奥にある美しさに気がついたのだろうか、毎日望遠鏡で彼女の姿を探し、見つめる。彼女が家や森の中に入ったり、城から陰になる場所に行くともう見れない。そうそう望遠鏡で見れる場所には来ないので、一日に何時間も望遠鏡を構えて、彼女が目に入る数分、時に数秒を待つ。王子は自分が恋をしていることを知る。彼女を城に参内させたいと言っても無駄なことはわかっている。王子は自分がこっそりあの部落に行けたらいいと思うが、その勇気はないし、城には見張りがいるから現実的でないし、行ったところでどう声をかけたらいいのかもわからない。家老に頼んだところで彼らは公の論理に従うから無駄である。そこで乳母に言って、その少女に美しい着物を着せ、乳母の姪っ子として参内させる。王子は王や后に頼んで、その少女をそばに置くことを認めてもらう。王と少女はお城で幸せな日々を送ったが、ある日、ピサに留学していた乳母の息子が帰国し、王に謁見した時に、乳母にそのような姪がいないことをもらしてしまう。王は官吏を使って少女の身元を調べ、少女が被差別部落の生まれであることを知る。激怒した王は少女を城と町から追い出す。王子は嘆き悲しみ、王に少女をそばに置くことの許しを請うが、認められない。そこで、王子をして、地位を捨てて少女を追いかけせしむるのが、恋愛である。(少女の気持ちは全く考慮されない、極めて王子中心的な物語を書いてしまった。しかし恋とはその本質において一方的なものだからこれでいいのだ)

 そのように、今までの自分をガラッと変えてしまう力を恋愛は秘めている。そこに私は期待しているのだ。

 もし恋した人がアゼルバイジャン人だったら、私はアゼルバイジャンの言語や文化を勉強するであろうし、アゼルバイジャンに移住するかもしれない。聴覚障害者であったら、手話を勉強するだろう。温泉好きであったら、一緒に温泉巡りをするだろう。恋する人の世界を知りたいと思わせ、知るために行動させるのが恋愛だ。