中国東北旅行0 「満洲」に行く

f:id:choyu:20150516232805p:plain

 GWの4月27日から5月8日まで、中国の東北地方に行くことにした。「中国の東北地方」と言われても、大半の日本人はどこかわからないだろう。僕も大学生になって中国語を始め、中国について勉強するまでは知らなかった。だが、こう言えばほとんどの方はわかるはずだ。「旧満洲国に行く」と。

 「かつて日本だった場所」あるいは「日本と外国が関わった場所」にずっと興味を持ってきた。戦後の日本の領域は、日本列島のみである。だが、明治から昭和初期までの日本は、朝鮮半島や台湾、樺太の南半分、ミクロネシアなども含んでいた。そういう場所に行ってみたいと思っていたし、今も思っている。

 高校生の時、韓国を一人で、台湾を友人と旅行した。韓国や台湾に残る日本時代の建物や、台湾で出会った日本語を話す人達、そして両国の日本との多岐にわたる文化的な共通点に、これらの地域がかつて日本領であったことを実感させられた。

 「満洲国」について簡単に解説したい。1905年、南満州を主な戦地として戦われた日露戦争に勝利した日本は、南満州に権益を確保した。また、遼東半島南部(旅順・大連などがある)の租借権(中国から領土を借り受けること)をロシアから譲り受け、その地に関東州(中国本土と満洲の境=山海関の東にある州という意味だ)を発足させた。1917年のロシア革命帝政ロシアが崩壊した後、満洲では張作霖など軍閥が力を持つようになるが、1931年、関東軍(関東州の軍という意味だが、南満州の日本権益を保護する活動もした)は満州事変を引き起こし、清朝最後の皇帝溥儀を擁立して「満洲国」を建国した。満洲国は、独立国家の体はとっていたが、実際は日本の傀儡国家であった。

 

f:id:choyu:20150516001335p:plain

満洲国および周辺国地図)

 

 その満洲国の首都新京は、今は長春と呼ばれている。満洲国の歴史を巡るこの旅行では、旅を長春から始めるのがよいような気がした。航空券は大阪―長春の往復を買った。

 

f:id:choyu:20150516001401p:plain

そして、これが全旅程の結果である。

長春ハイラルハルビンウラジオストクー牡丹江ー大連ー瀋陽長春と12日で巡る旅であった。青線は鉄道、赤線はバス(一部タクシー)である。

次ページから旅行記を始める。