中国東北旅行1 ヤマトホテル

4/27〜28

 「ヤマトホテル」と呼ばれるホテルがかつてあった。日露戦争に勝利した大日本帝国は、その講和条約であるポーツマス条約で東清鉄道(ロシアが清に作った鉄道)南部(大連ー長春)の管理権をロシア帝国から獲得する。日本はその鉄道を管理する会社として、南満州鉄道株式会社(略称、満鉄)を発足させる。満鉄は単に鉄道事業のみを行うのではなく、鉄道沿線都市の開発なども行った。その満鉄が大都市の駅前に建てたホテルが、ヤマトホテルである。驚くべきことに、これらヤマトホテルは幾つかが今もホテルとして使われている。長春でも、春誼宾馆という名前で営業している。旅の一泊目はこの旧新京ヤマトホテルに泊まった。1909年からの歴史がある。

f:id:choyu:20150517232307p:plain

(春誼賓館=旧ヤマトホテルは長春(旧新京)駅前にある)

f:id:choyu:20150512142741j:plain

 一泊220元=4500円である。中国の一般的なホテルの相場である。だがヤマトホテルは、日本本土のホテルよりも豪華であったといい、当然旧満州の各都市で最も豪華なホテルであった。

 

 日本語での説明書きもある。

f:id:choyu:20150512143020j:plain

 

 長春満洲国時代に首都として新たに町の基礎が作られたせいか、道路が広くさっぱりしている。それにあまり大都会でもない。日本で言う岡山市くらいの印象。旧満州国皇宮を見た後、ハイラル行きの鉄道に乗る。

 ハイラルに行くのは、1939年に、満洲国とモンゴル人民共和国の国境を巡り、同二国とそれらの事実上の宗主国である日本とソ連との間に起きた、ノモンハン戦争の戦跡地に行くためである。

 ノモンハンは、村上春樹の『ねじまき鳥クロニクル』にも登場する。僕はこの小説が好きで、もう10回前後読んでいる。『ねじまき鳥』の何が僕をそんなに惹きつけるのか、うまく言えないなりに言語化を試みるならば、人が心の底で抱えている何かと向き合おうとする様子が書かれているところ、そして私たち、とくに現代の日本人が今ここにいる根拠、つまり歴史と向き合っているところが好きなのだと思う。

 

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)

ねじまき鳥クロニクル〈第1部〉泥棒かささぎ編 (新潮文庫)