中国東北旅行2 中国の鉄道で筆談する

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長春ハイラル

 中国の鉄道は、携帯番号と中国の銀行口座を持っていればネットで買うことができるが、持っていないと窓口に並ばなければならない。中国人は、全国民が身分証を持つことになっているが、それがIC機能付きのものであれば、駅の自動券売機でも買うことができるようだ。だが、大半の中国人は自動券売機は使わず、並んで買う。中国人は、機械モノが苦手な人が多いようだ。

 そういうわけで、中国の鉄道の窓口ではいつもたくさんの人が並んでいる。その多人数を処理するため、窓口の人は早口で喋る。日本人であろうと容赦はしてくれない。後ろの人も早くしてほしいので、もたもたしていると「快点儿!(早よせんかい!)」と叫ばれることになる。怖い。

 だから窓口で切符を買う時は、先にどの列車のどの等級に乗るかを、それも第3希望くらいまで決めておくのがよい。中国の鉄道はしばしば売り切れており「没有!(ない!)」と言われることになるが、そうしておけば安心だ。

 そして、中国語の聞き取りや発音に自信がある人以外は、第3希望くらいまでを紙に書いて渡すのが一番手っ取り早い。

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 どの列車に乗るかはネットで調べるのが一番だ。

www.huoche.com.cn

ネット環境が確保できない場合は、冊子になった時刻表を書店で買うのが便利だ。

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 だが、時刻表は新華書店など大型書店でしか取り扱われていないので注意しよう。

 このいささかハードな中国鉄道の窓口を、以前一緒に中国を旅行した友人は「あかの窓口」と呼んでいた。JRの「みどりの窓口」と駅員の応対などが真逆であり(赤と緑は反対色)、社会主義の赤という意味を込めた、素晴らしいネーミングだと思う。僕もそれ以来、「あかの窓口」と呼んでいる。

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瀋陽駅の「あかの窓口」。ここはずいぶん空いている。混んでいるときは熱気がすごい)

 

 中国の鉄道は、座席の等級が4つある。最上等が、软卧(4人コンパートメントの寝台)、次が硬卧(3段ベッドの寝台)、次に软座(2×2のボックス席)、最下等が硬座(2×2または2×3のボックス席)である。料金は、3:2:1.5:1。順に、柔らかいベッド、堅いベッド、柔らかい座席、堅い座席と字のままに読めばわかりやすい。日本の寝台車は急速になくなってしまったが、日本の鉄道で例えると、順に、A寝台、B寝台、グリーン車指定席、普通車指定席である。

 中国の鉄道は基本的に全て指定席であるが、無座という切符もある。これがあれば誰も座っていない软座または硬座に座ることができるが、指定券の持ち主が現れたら席を譲らねばならない。そして、通路かデッキに立つかカバンの上に座るかしなければならないという何ともつらいチケットである。

 

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(硬卧。参考画像)

 

 僕は、硬卧>软卧>软座>硬座の順にコストパフォーマンス的に好きで、長春ハイラルの切符もそのように希望したが、前者2つは売り切れで(中国ではよくあることだ)、软座はもともと設定されておらず、やむなく硬座に乗ることになった。前者3つには乗ったことがあるが、硬座は初めてだ。傍から見る限り狭くてつらそうだったのであった。長春を18時に出て、ハイラルに翌朝7時に着く。まともに眠れるか不安になる。

 

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 が、この硬座の旅は予想に反して実に楽しいものとなった。

 

 鉄道に乗って『ねじまき鳥』1巻の続きを読んでいると、前の席のおばちゃんが、本を指さして「あんた何読んでんの?」というようなことを言う(聞き取れなかった)。右隣の20歳くらいの青年が本を覗きこんで、「你在学日语吗?(日本語を勉強しているの?)」(聞き取れた)と聞くので、「不是。我是日本人(いや、日本人なんです)」と答える。すると、僕の座る6人掛けボックスを中心に、周囲10名くらいが「日本人がいるぞ」「あの人、日本人やって」とざわざわする。そして、同じボックス席の人たちは、「你去哪儿?(どこ行くん?)」「旅游来的吗?(旅行で来たん?)」「你学生吗?(学生さん?)」と色々質問してくれる。それに対して、ブロークンチャイニーズを駆使して答える。彼らと話していること自体も楽しかったが、その会話で自分が2年前の夏に中国を旅行した時より、中国語がよく聞き取れ、話せるようになったことに気がついた。大学1回2回の時に第二外国語で中国語の授業を受け、3回生の時は授業が終わって学習をやめていたのだが、3回生終わりの、つまり今年の1月から中国語教室に通い始め、わりに真面目に勉強している。その成果が実感できて嬉しい。

 

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(前の席のおっちゃんとおばちゃん。おっちゃんが面白い顔をしている)

 

 僕は中国旅行では、主に筆談を交えながら会話している。それは僕に吃音(どもること)があるからだ。筆談していると、「你写得汉字好(中国語ちゃんと書けるんやなー)」とよく言われるが、「日语也使用汉字,所以我不会说汉语,但是会写。(日本語も漢字を使うでしょ。だから、中国語は喋れないけど、書くことはできるんですよ。)とか何とか言っている。「我有口吃(どもるんです)」と言うのも何となく面倒なのだ。それに、先に言ったこともあながち間違いではない。喋れないけど書ける、というのは中国語初心者の日本人おそらくほとんどに当てはまることだ。中国語は発音が難しく、なかなか話している言葉も聞き取れない。だが、書いてもらえば、我々日本人が使いなれた漢字だから、すぐにわかる。さすが表意文字

 

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 古代から19世紀までの東アジアの知識人がみな漢籍を学んでいた時代は、外交は主に漢文による筆談で行われたという。ベトナムの独立運動指導者、ファン・ボイ・チャウと日本との関係に取材したTBSのドラマ「The Partner」でも、ファン・ボイ・チャウと日本の医師や政治家が漢文の筆談で意志を疎通させる様が描かれていた。

www.tbs.co.jp

(TBSの歴史ドラマは面白い)

 

 そして今日でも、南部の広東省と北部の黒竜江省のように遠くの人が会話する時は、発音が通じない時に筆談を併用することがあるという。「听不懂。请写。(聞き取れない。書いて。)」は、中国にいても時々耳にする、と大学の中国語教師が言っていた。

 

 筆談がしやすいという点で、どもりがある人にとって、中国語は使いやすい言語である。以前、東南アジアベネルクスを旅行した時は、英語で筆談をすることがあったが、これはやりにくかった。まず書くのに時間がかかる。そして、どもるからやむを得ず筆談をするという意識では、書いていてもあまり楽しめない。やはりアルファベットの言葉は書くより喋る方が気分が乗る。

 対して中国語を書くのは楽しい。中国語で筆談していると、「自分は今、東アジアの交流の歴史を引き継いでいるんやな」「中国も日本も漢字を使うってすごいな。日本人でよかったな」と思えてくる。聞いて分からなかった言葉を、「听不懂,请写(聞き取れない、書いて)」と頼んで書いてもらって、意味がわかった時などは何となく爽快である。

 書くのも時間がかからない。例えば、「私は明日博物館に行きます。」だったら、英語では “Tomorrow, I will go to a museum.” だが、中国語では「明天我去博物馆。」だ。書かれた中国語は書かれた英語に比べて、きゅっとまとまっていて綺麗だ。

 

というわけで、汽車の中でも書いて書いて書いた。写写写である。

 

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 中国人は列車で近くに座ると、他人同士でも雑談をする。だがその賑やかな話し声も、どんどん小さくなる。夜が深まったのだ。

 硬座は電気が消えない。昼間は30度ほどあった気温も、10度以下に冷えてくる。上着を着て、薄い毛布を首に巻き、マフラーを顔にぐるぐる巻いて目隠しにして寝る。