中国東北旅行3 ノモンハン古戦場

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ハイラルノモンハン

 ハイラルからはバスに乗り、新巴尔虎左旗に行く。そしてタクシーをチャーターし、ノモンハンに行く。 

 村上春樹が『辺境・近境』で1992年(僕が生まれる1年前だ!)に行っているが、その時はハイラルから車をチャーターして、ガタガタの道を行かねばならなかったという。今はきちんと舗装されている。

 

 

辺境・近境 (新潮文庫)

辺境・近境 (新潮文庫)

 

 

 満洲国と、1924年に建国されたソ連の衛星国モンゴル人民共和国が国境を争ったのが、ノモンハン戦争だ。満洲国は日本の、モンゴル人民共和国ソ連の傀儡国家であり、その戦争は、実質は日本とソ連との戦争であった。この戦争は5月から9月まで戦われ、日ソ共に1万人弱の戦死者を出す。

 日本軍の装備は厳しい冬のモンゴルで戦争をするには不十分であったこともあり、外交交渉でその土地をモンゴル側に譲り渡した。

 ノモンハン古戦場は、今は観光地として整備されている。村上春樹が行った時は、その辺りに鉄かぶとが転がっていたそうだが、今はそういうことはないようだ。外に展示された戦車と重砲、戦闘機以外は、博物館の中に収められているようだ。だが、博物館はあと4日後に開館するということで、今は閉まっていた。

 

 日本の戦車と重砲は当時実際に使われたものが置かれていた。上に乗ったり中に入ったりして遊んだ。

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 ソ連(?)の戦闘機も置いてあった。

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(中はボロボロだが当時のままだ)

 

 この砂漠しかない土地を巡って日本とソ連が激突し、合計○人の戦死者を出したというのは、やはりうまく想像することができない。人を一人養うこともできない土地を巡ってさえ殺し合いを起こしてしまうのは、現代の国家という巨大なシステムの恐ろしさだ。