中国東北旅行8 そこから旅順港は見えるか!

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(旅順・大連)

 大連駅に朝6時に着く。大連は高層ビルが立ち並ぶ。今回の旅で一番の都会だ。

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(大連駅前のビル街)

 町の中心にある旧ヤマトホテル、大連賓館にチェックインする。中国のホテルは、チェックアウトはだいたい12時までと決まっているが、チェックイン時間はわりと自由で、朝から泊まることができて便利だ。大連賓館は小ざっぱりとしたいいホテルだが、Wi-Fiがないのが非常に残念だ。

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(大連賓館=旧大連ヤマトホテル。1907年からの歴史がある。)

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(大連賓館は、大連市の中心である中山広場に面している。中山広場からは放射状に道が伸びている。)

 大連駅から直通バスに乗って旅順へ行く。1時間ほどで旅順に着く。旅順は、19世紀の終わり、清の李鴻章が率いた北洋艦隊が基地の一つにした時に築かれた港、要塞である。港の周囲が山で囲まれており、ここに砲台を置けば敵の船は港に入ることができない。しかし日清戦争で日本軍が陸側から簡単に陥落させ、下関条約遼東半島は日本領となった。が、ロシア・ドイツ・フランスによる三国干渉ですぐに清に返還させられ、1898年の義和団事件を機に旅順・大連はロシアの租借地となる。太平洋側に不凍港(冬も凍らない港)を求めていたロシアは初めてそれを得ることができ(ウラジオストクは冬期に凍結する)、旅順に当時にして世界最大級の要塞を建設する。旅順港にはロシア帝国の首都ペテルスブルクから軍艦が送られ、ロシア旅順艦隊が結成される。ロシアは旅順を基点に、中国や朝鮮の権益を拡大させようと試みる。朝鮮を国防の重要拠点と認識していた日本は、ロシアと激しく対立することとなる。

 1905年日露戦争が勃発すると、黄海海戦で日本海軍連合艦隊はロシア旅順艦隊に打撃を与える。劣勢になった極東艦隊は、旅順港に立てこもり、決戦の機会を待つ。決戦の機会とは、ペテルスブルクから喜望峰、インド洋、マラッカ海峡を経てやってくるバルチック艦隊と合流し、ロシア連合艦隊を結成し、日本海軍連合艦隊と戦うことである。

 日本海軍は旅順港に立てこもったロシア極東艦隊を港から出られなくしようと、旅順港閉塞作戦を行う。旅順港の出入り口になる場所に日本の船を沈めて、ロシア極東艦隊が通れないようにしようというものである。閉塞作戦は3度行われたが、旅順要塞の激しい砲撃の前に全て失敗する。

 そこで海軍は陸軍に、バルチック艦隊が到着する前に、陸から旅順を落としてくれるようお願いする。陸軍は「旅順は小指の先のようなもので、遼東半島という根本を縛って放っておけば腐っていく」(司馬遼太郎がこんな表現をしていたと思う)と、特に戦力を割くつもりはなかったが、海軍の要請に従い旅順要塞を攻略することに決める。乃木希典率いる第3軍が結成され、旅順攻略を始める。

 バルチック艦隊が着々と日本に近づく中、世界最大の要塞は簡単には落ちず、大量の死傷者を出す。そして、この旅順要塞攻防戦で最大の激戦地となったのが、203高地を巡る戦いである。203高地とは、名前の通り標高203mの山である。旅順の郊外にあるのだが、ここから旅順港を見渡すことができる。日本陸軍が203高地を手に入れ、ここに観測点を設ければ、山の後ろの日本軍占領地から打った大砲を正確に、港に停泊している極東艦隊に届かせることができる。極東艦隊を失った旅順は存在意義を失い、旅順攻防戦は日本の勝利となる。

 第一回総攻撃から4ヶ月後、ついに203高地は陥落する。そして日本の砲弾が旅順港に降り注ぎ、ロシア極東艦隊は消滅する。

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(旅順港と203高地)

 この辺りの歴史に興味がある人のほとんどがご存知だと思うが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読むとこの時代のことがよくわかる。また、2010年から2012年にかけてNHKが同小説をドラマ化している。小説は文庫本で全7巻と結構長い。中学生の時になんとか頑張って読みきったのを憶えている。大学生になってからも1度読んだが面白かった。

坂の上の雲〈1〉 (文春文庫)

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 ドラマの方は、90分×全13話である。僕はこのドラマはすごく好きで、もう4回くらい見ている。香川照之正岡子規を、阿部寛秋山好古日本陸軍)を、本木雅弘秋山真之(日本海軍参謀)を演じている。あと、秋山兄弟の親父を演じた伊東四朗とか、高橋是清を演じた西田敏行がすごくいい味を出している。乃木希典を演じた榎本明とかかっこよすぎ。

NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 第1部 DVD BOX

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 さて、203高地を登る。一帯は風景区となっており、ちょうど桜祭りがやっていてきれい。たくさん観光客が訪れている。桜は日中友好の証として、日本から送られたものらしい。

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(桜がきれい)

 頂上に辿り着く。ドラマの旅順編クライマックスで、203高地を再び奪取したという電話を受けた児玉源太郎が、現地の兵に「そこから旅順港は見えるか!」と聞き、「見えます!まる見えであります!」と兵が答える場面がある。あれを視て、203高地から旅順港は本当にまる見えなのか確かめたかったが、ついにそれを見ることができた。確かに見える。今は高層ビルでいまいち見えないけど、明治時代は丸見えだったと思われる。

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(203高地から旅順港を望む)

 観測点の近くには、慰霊塔がある。日本とロシアの兵士、そして戦争の巻き添えになった旅順市民に向けて手を合わせる。

 先述したドラマ「坂の上の雲」で興味深いのが、日本軍の砲弾が旅順市街に降り注ぐ時に、それに巻き込まれる中国の人々を描いているところだ。「旅順の戦い」は日本とロシアの戦いだが、戦場は中国であり、日本とロシアの兵隊だけでなく、中国の一般市民も戦争で苦しんだのだ。そのことは忘れないでいたい。

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(戦後乃木希典は「203高地」を「爾靈山(にれいさん)」と名づけた。「爾(なんじ)の霊の山」である。)

 

 203高地を降りて、旅順博物館へ。

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(旅順博物館。1915年からの歴史がある。)

ここは、明治時代に新疆を探検した西本願寺住職大谷光瑞率いる「大谷探検隊」が集めた文物を保存している。大谷は旅順に移り住んだため、残っているのだ。

 そのため、シルクロード・仏教関連の展示が多い。

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(飛びながら琴のようなものを奏でる仏さまと、飛びながら踊る仏さま)

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(飛びながら楽器を奏でるのは楽しそうだ)

 ここで生まれて初めてミイラを見る。禁止されていたため写真はないが、人間が乾燥するとこんな風になるとは結構衝撃的だった。他にも、シルクロードの興味深い文物があって面白い。僕は今回の旅行を含めて7回海外旅行をしているが、大学に入る直前の3月に行った西安からカシュガルまでのシルクロード旅行が一番印象に残っている。タクラマカン砂漠を鉄道で通り抜けウルムチカシュガルに行くと、人々の顔つきが変わる。彫りの浅い漢族から、ウイグル族を始めとする彫りの深い西部の少数民族の人びとが町を歩いている。モスクがあり、絨毯が売られ、ナンのような薄くて丸いパンが焼かれ、羊の肉を串刺しにして焼く芳ばしい香りが鼻をつく。最近、NHKスペシャルの『シルクロード』を見ているが、これもとても面白い。1980年にNHKと中国と共同で新疆を車で巡り、現在と過去のシルクロードについて取材している。新疆に外国人が入るのは新中国になって初めてであった。1980年代の日中蜜月時代だから成し得たことだ。

 

 

 いつかあの先、カシュガルの先、つまり中央アジア西トルキスタン諸国、そしてペルシア、トルコ、ギリシア、ローマとシルクロードを旅行してみたい。

 旅順博物館の後は、白玉山塔に登る。日本時代は表忠塔と言った。乃木希典東郷平八郎が慰霊のために建てさせたという。ここからは旅順港をくっきりと見渡すことができる。

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(旅順東港)

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(旅順西港)

 興味深かったのが、この星と丸である。

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 星は丸の上に付けられたもののようだ。

 ということはつまり、丸は日本国国旗をデザインしており明治に建てられた時のもの。戦後中国はその上に星を貼り付けたのだろう。だが風が強いためだろう、半分ほどは取れてしまっている。

 塔に向かって手を合わせ、山を降りる。

電車と路面電車に乗って帰る。路面電車202系統は郊外まで通じている。

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 市内中心部分を走る201系統は日本時代の電車を走らせている。かっこいい。

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 京都市バス201系統より大連市路面電車201系統の方がずっとオシャレだ。

 夕食後、大連賓館の2階に「大和 喫茶店&クラブ」という店を見つけた。Wi-Fiがあるか尋ねると「ある」とのこと。「クラブ」とか「キャバレー」という場所は行ったことがないが、お酒を飲んでおねえさんとお喋りするお高い所と思っていたが、メニューを見せてもらうとビールが30元くらいでそう高くないので入ることにする。

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(朝撮った)

 黒ビール40元が美味しいとのことなのでそれを飲む。確かにうまい。添えられたお菓子も食べる。『ねじまき鳥』も、phaさんの『ニートの歩き方』(京大卒ニートの自由な生き方を書いた本)の再読も終わり、以前kindle無料本で買った安野モヨコの『働きマン』の続きを買ってダウンロードしたり(ビジネスパーソンの仕事や私生活やらの葛藤がよく描けていて面白い)、買ったけど読んでなかった『目玉焼きの黄身いつ潰す?』という漫画(目玉焼きやカレーの食べ方一つ取っても一人ひとり違うものだ。普段意識していない「食べ方」について考えさせられた)をダウンロードしたり、はてなブックマーク人気エントリーを読んで遊んだりしていると、「ビールもうすぐなくなるけど、何飲みますか?」と言われたので、水(10元)を頼む。水を飲んでお菓子を食べながらネットをしていると、日本人のおじさんがだみ声でテレサ・テンの『時の流れに身をまかせ』を歌い始めうるさくなったので帰ることにする。「50元(=1000円)はちょっと痛いけど、ビール飲めたし何よりWi-Fiが使えたからいいかー」と思ってお会計をしに行くと、「150元です」と言われる。こういう店はメニューに書いてある値段通りではないらしい。どうも世間知らずで困る。手元にそんな大金はないので部屋に取りに帰り、払う。150元もあれば悪くないホテルで一泊できるのに。高い勉強代になってしまった。

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(「大和 喫茶店&クラブ」でビールを飲みながら「はてなブックマーク人気エントリー」を読む)