勉強も運動も競争ではなく一人で楽しめるともっといい

一年前から、月に二回ほどのペースで市民プールに泳ぎに行っている。

もともと水泳は苦手だった。小学校の授業では、クロールはなんとか25メートル泳げたものの、平泳ぎはほとんど前に進まなかった。

授業は落ちこぼれを待ってくれず、泳ぎ方がわからなくて何度も立つことになっても25メートル泳がされ、全然面白くなかった。

中高はたまたまプールがなかったので、ずっと水泳から離れていたが、昨年、運動不足を解消するためにふと市民プールに行き、一人で泳いでみると、意外に楽しめた。

授業ではクラスメイトと比べられるが、本来運動は競争しなくても楽しめるものなのだと気がついた。

自分の身体と向き合い、どうすればもっと息継ぎが楽になるか考え実践し、少しずつ上手くなっていく。25メートルだったのが35メートルになり、50メートルになる。

今日は平泳ぎの足の動かし方を少し掴めたし、背泳ぎで初めてまともに泳ぐことができた。

小学校時代のように、上手くいったからといって先生やクラスメイトに褒められることはないが、小さな成功を自分で喜ぶことができる。人より下手でも、恥ずかしく思わなくていい。

運動が人より得意でないことが、運動を楽しめないことを意味するわけじゃない。

運動だけじゃなくて、勉強でも、何でもそうなのだと思う。音楽も読書も語学も、自分のレベルで楽しんでいれば、少しずつ上達していく。

学校でも、勉強や運動を、競争で勝つことではなく、一人で楽しむ方法を学べたらもっとよかったと思う。

もちろん学校で学んだことが基礎になって、今一人で勉強や運動を楽しめている部分もあるのだが、それにしても学校では競争が強調されすぎていたように思える。

中島らもは、「教養とは学歴のことではなく、一人で時間をつぶせる技術のことでもある」と言ったという。そういう意味での教養を大切にできる社会になったら、もっと生きやすくなると思う。