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恋愛に憧れている

 学びという点で恋愛に憧れている。学びは自らを更新するものだが、恋愛は力強い更新作用がある。

 人が自らを更新しようとするとき、妨げになるのは恐怖だ。仕事がつまらないのに辞められない、相手のことが嫌いなのに別れられない、無意味なネットサーフィンをしてしまうなど、今の状態がおかしいと直観しているにもかかわらずやめられないことがあるが、それはやめることでより本質的な何かを新たに考えないといけなくなることを恐怖しているからだろう。その恐怖の力は強く、なかなか乗り越えられない。お城の中で大切に育てられた王子様が、仮に自由意志を与えられたとしても、城の外に出て一般庶民として生きることを選ぶのは難しい。今までの人生の延長線上として、お城の中での生活を選ぶだろう。だが、王子様をお城の外に出させる力を持つのが、恋愛だ。「知」や「正義」もそうだと思うが、私には「恋愛」がより実感的だ。王子様は参内したヴェネツィア人航海士が献上した最先端の望遠鏡で、お城の上から町々を眺める。近くは肉眼でも見れるから知っているが、遠く町外れの被差別部落をはじめて目にする。この世にはあのような地域があるのかと驚き、それから毎日その部落を眺める。ふと、そこで生きる少女に目がとまる。みすぼらしい格好をして働いている。その泥と埃の奥にある美しさに気がついたのだろうか、毎日望遠鏡で彼女の姿を探し、見つめる。彼女が家や森の中に入ったり、城から陰になる場所に行くともう見れない。そうそう望遠鏡で見れる場所には来ないので、一日に何時間も望遠鏡を構えて、彼女が目に入る数分、時に数秒を待つ。王子は自分が恋をしていることを知る。彼女を城に参内させたいと言っても無駄なことはわかっている。王子は自分がこっそりあの部落に行けたらいいと思うが、その勇気はないし、城には見張りがいるから現実的でないし、行ったところでどう声をかけたらいいのかもわからない。家老に頼んだところで彼らは公の論理に従うから無駄である。そこで乳母に言って、その少女に美しい着物を着せ、乳母の姪っ子として参内させる。王子は王や后に頼んで、その少女をそばに置くことを認めてもらう。王と少女はお城で幸せな日々を送ったが、ある日、ピサに留学していた乳母の息子が帰国し、王に謁見した時に、乳母にそのような姪がいないことをもらしてしまう。王は官吏を使って少女の身元を調べ、少女が被差別部落の生まれであることを知る。激怒した王は少女を城と町から追い出す。王子は嘆き悲しみ、王に少女をそばに置くことの許しを請うが、認められない。そこで、王子をして、地位を捨てて少女を追いかけせしむるのが、恋愛である。(少女の気持ちは全く考慮されない、極めて王子中心的な物語を書いてしまった。しかし恋とはその本質において一方的なものだからこれでいいのだ)

 そのように、今までの自分をガラッと変えてしまう力を恋愛は秘めている。そこに私は期待しているのだ。

 もし恋した人がアゼルバイジャン人だったら、私はアゼルバイジャンの言語や文化を勉強するであろうし、アゼルバイジャンに移住するかもしれない。聴覚障害者であったら、手話を勉強するだろう。温泉好きであったら、一緒に温泉巡りをするだろう。恋する人の世界を知りたいと思わせ、知るために行動させるのが恋愛だ。