印象に残っている小学生の頃の出来事

小学生の頃のことで、印象に残っていて何度も思い出していることがいくつかある。

つらい…というわけでもないがネガティブな思い出としては、3年の運動会で踊りに使った衣装の一部を忘れてしまったのだが、一週間たって洗って返す日が来てしまい、怒られるのが怖かったから、隣の席のTくんのそれを盗もうかと真剣に悩み、バレたらひどいことになりそうなのと、多少の良心の呵責もたぶんあって、一部が欠けたまま出したことがある。怒られるのを覚悟していたが、実際は「やぎっち忘れてたよ」と言われただけだった。けれど、先生に怒られないために人のものを盗もうとした自分は一体なんなんだと思って、今にいたるまで何度も思い出している。 

プラス…かわからないけど、そうなりそうな思い出としては、クラスメイトの女子と話したことが印象に残っている。別に何のことはない会話なのだけれど、いくつかは今も鮮やかだ。今も女性に美しさを見出すことはあるが、小学生の頃のぼくが同年代の何人かの女子に感じたものは、今よりずっと深かったように思う。その時の感覚は、「あはれ」と言うしかないものだ。小学生でも、性の働きがあるのはおもしろい。そして、生まれたての純粋な性だ。そんなこと当時は自覚しなかったけれど。

他にも例を挙げる。竹内敏晴は、尋常小学校3年のとき、弟が家に持って帰った、今年改訂された国語の教科書を開いた。ちなみに、それまでの教科書は、黒白刷りだった。竹内はこう書いている。

“第一頁を開けたとたんにアーッと思った。開いたとたんにピンクの色がパーッと広がって、大きな字で「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」と書いてあったわけです。

 そうしたら涙が出てきちゃったんです。おれはなんであと二年遅く生まれなかったんだろうと思って。”

この描写が好きだ。

関連して、ぼくが好きな先の大戦について、竹内敏晴が述べていること。

“開戦で「天地ひらけたり」と言った人がいましたが、そういう感覚が私にもあったと思うし、中学生の多くの連中にも同じ感じがあったんじゃないかと思います”

竹内は開戦当時16歳だが、ぼくも8歳くらいの時に似たような経験がある。好きで学校図書館で読んでいた『漫画 日本の歴史』(学研プラス)の、第二次世界大戦のところで、日の丸の旗が太平洋に広がっているのを見て、ワクワクしたのを覚えている。たぶん当時、日本という国のことはちょっと知っていたのだと思う。アメリカ合衆国はよくわかっていなかったかもしれない。先の大戦のことは、たぶんその漫画ではじめて知った。日本という、ぼくの住む世界が、戦争ということをして、勝って、ぐーんと広がったんだと思うと、あはれであった。竹内の言う、「天地ひらけたり」と近い感覚だったと思う。今も先の大戦には何か大切なものがあると思って、いつも考えているが、そのルーツはこの時にある。

子ども時代の繊細な心に入ったものは、ずっと忘れられないものだ。