小学生のときに勉強を教えてくれた近所のT先生のこと

家から歩いて3分くらいのところに、T先生という人がいて、この人に小学4・5年のとき、勉強を教わっていた。先生が近所の小学生を集めて、公民館で小さな勉強会をしていたのだ。授業料は気持ち程度だったから、先生は趣味のような感じでやっていたのだと思う。ぼくはそこに楽しく通っていた。それぞれがもくもくと算数のドリルを解いて、先生に見せて合っているかチェックしてもらうなどしていたと思う。時には先生が「スタンド・バイ・ミー」(感動したのでよく覚えている)などの映画を見せてくれたり、望遠鏡で月や星を見せてくれたりした(月が本当に凸凹していて驚いた)。

だがぼくは、中学受験をするために小5の後半から大手の塾に通い始め、その勉強会に行くことをやめた。勉強会は通う子どもたちがいなくなって、ほどなく終わったらしい。

ぼくは無事私立中学に合格した。それまでは小学校のつながりで近所の同級生とそのお母さんたちとのかかわりがあったが、それもなくなった。そして、ぼくは小学生の時の同級生やその親を避けるようになった。

どうして避けたかというと、ぼくは吃音があって、まだそれが治っていないと知られるのが怖かったからだ。中学2年のとき、同級生に声をかけられたのに、知らないふりをして逃げたことだってある。

昔を知る人に、吃音が治っていないことを知られるのが怖いというのは、今もそうだ。近所の人たちとも、挨拶以上の会話ができない。親戚の人たちの前でも、できるだけ話さないように振る舞ってしまう。もっとも、それは祖母が近所の人や親戚にぼくの吃音を知られたくないと思っていて、ぼくがそれを意識せざるを得ないということがある。

ちなみに、初対面の人と話すのも苦手だ。どもったときに、冗談でやっていると思われたり、「外国人かと思った」などと言われたりするのはすごくつらい。そういうことが時々あるから、ぼくが吃音だと知らない人と話すのを、ついつい避けてしまう。吃音で一番嫌なのは、どもること自体ではなく、どもるのを怖れて人と話せなくなることだ。昔よりはマシになったが、今もそういう気持ちはある。それがなかったら、もっと多くの人と話せ、仲良くなれるのにと思うと、ただただ悔しい。(よくあるのは、京都のバス停などで困っている外国人を見て、助けてあげたいと思っても、英語では吃音がよく出るので、ほとんどの場合見て見ぬふりをする。「どもるのを怖れているだけじゃないか。人のことを考えていたら、どもってもやれるだろう。結局自分のエゴだ」と思ってみたり、「外国人と話してみたいというミーハー心由来だから別にいいだろう」と思ってみたりする。でもやはり心残りになる。言いたいと思って、でもどもるのが怖いという葛藤が起きたら、できるだけ言いたい気持ちを優先するようにしている。でもそうできないことが週に1回くらいはある。)

さて、高校を卒業し一浪を経て、ぼくは京大に受かった。T先生も京大卒で、父は「T先生に挨拶に行くべきだ」と至極まっとうなことを言い、ぼくは気乗りしなかったが父と一緒にT先生のところに行った。そのようにして、6年ぶりくらいにT先生に会った。その時のことは全然覚えていないのだが、父もコミュニケーションの下手な人だし、ぼくはT先生の前でどもるのが怖かったと思うし、すぐに話は終わった。

それからまた、6年経つ。T先生もかなりお年だし、ぼくのことを覚えているか不安がある。でも、せっかくすぐ近所にいるのだし、また会って感謝のことばを述べたい。

昔の知人に会うのが怖いという気持ちも、かつてよりはだいぶ薄らいできたと思う。相変わらずどもっているのが自分だし、大学を卒業して就職していないのが自分だ。もっと時間が経つとT先生と話せなくなるかもしれない。その前にちゃんとお礼を言いたい。勇気を出したいが、できるだろうか。