【気功に学ぶ京大生活】京大卒の気功の先生 天野泰司さんインタビュー

以下は私、八木智大が京都大学に在籍していた2016年5月に、気功協会の天野泰司さんに対して行ったインタビューです。もともとは京大生向けのメディアに載せるつもりでしたが、様々な事情があって載せることができず、遅ればせながら私個人のブログに載せることにしました。よって大学生(特に京大生)向けの話になっていますが、一般にじゅうぶん通用する内容ですので、広く読んでいただけると幸いです。以下から記事をはじめます。

 

気功は中国由来の健康法だ。天野泰司さんは京都大学農学部を卒業し、今は気功の先生をされている。記者も教室に通っているが、気功にもとづいた考え方がおもしろい。学生生活や学びについてお話を聞いた。

 

〈天野泰司さんプロフィール〉

NPO法人気功協会運営責任者。京都造形芸術大学非常勤講師。1965年東京生まれ。12歳から高校卒業まで宮崎に育ち、京都大学農学部に進学、卒業。新卒で入社した鐘紡食品研究所を1994年に退社後、気功に専心。著書に『はじめての気功: 楽になるレッスン』 (ちくま文庫) 『気功の学校 自然な体がよみがえる』 (ちくま新書) 『治る力 病の波を乗りこなす』(春秋社)など。2000年に気功協会を設立。2013年より京都造形芸術大学の通信教育で気功の授業を担当している。Website 気功のひろば(NPO法人気功協会)

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天野泰司さん

 

<悩むことは楽しいこと>

 

−−−−天野先生も京都大学を卒業されています。京大で学ぶときに、どういうことを意識するとよいでしょうか。

 

 京都大学には自由の学風がありますね。最近はハリボテ作りの折田彦市(1849-1920)先生像が毎年受験シーズンに姿を現しますが、元々はちゃんとした胸像が立っていました。その折田先生が、京大の「自由の学風」を作った方です。自由は本来、生命にとって自然なものです。ただ、折田先生の生きた時代は、今と比べると、お国のために、戦争のためにと、言論、研究への統制がありました。そんな中でも、自由を維持して、毅然とした態度をとってきた。それが今も生きています。

 大学で学ぶということが、様々な知識や技術を身につけるだけではないことは、みなさんよくお分かりだと思います。大学で学ぶということは、新たな気づき、創造へと向かっていくことです。その時に、自由が大切になります。どこかに制限があると、本来の気づきが訪れない。新しい何かは、無限の広がりを持った「自由」の中から生まれて来ます。

 学生生活で、迷ったり悩んだりすることがあると思いますが、悩むことも自由ですから、おおいに悩んでください。結論が出ない時は、体がワクワクする方向へ向かえばよいです。体の中にある自然のセンサーを働かせるには、ポカンとして一度頭の中を空っぽにします。そして、体に聴くんです。「どっちにしようかな」と悩んでいたそれぞれを思い浮かべて、何だかワクワクするものを選びます。すると悩んだらいいし、悩まなくてもいいということが分かって来ます。どの授業をとろうかとか、どんな進路に進もうかということは、実はそうやって悩むこと自体が楽しい作業で、悩むことは苦しみではありません。苦しみはその先の不安を思い浮かべて、頭の中が不安でいっぱいになることから生じてきます。例えば就職にしても、こっちは難しそうだ、こっちは給料が安そうだ、落ちたらどうしよう…と、不安は探し出すと次々に見つかるし、増えていくものです。ですが不安をあっさり手放して悩むことに専念すると、悩む事自体が楽しくなってきます。それでも頭であれこれ考えた末に選んだものは後になって悔やむこともありますが、体に聴いて決めたことは、後で悔やむことが少なくなります。自然の流れにそって進む方向を決められるようになると楽になり、悩むこと自体も減っていきます。

  

 

<自然にあった気持ちよさ>

 

−−−−気功をするときはどういうことを意識すればよいでしょうか。

 

 気功をやっているときは、気持ちよさに完全集中します。目的意識からぱっと離れてしまうと、効果が出てくるんです。それは潜在意識が、意識で強く思ったことに必ず反発するからです。気持ちよくやっていると、いつの間にか変わってしまう。ただ、その気持ちよさが、自然にあっているかが大切です。不自然なことをやっていて、気持ちがいいと思っても、それでは不自然なことを体にインプットしてしまっています。

 

−−−−気持ちいいことが、自然か自然でないかはどうやって判断できますか。

 

 不自然な気持ちよさはエスカレートしていきますが、自然な気持ちよさはその場ですべて満足します。自然界に生きているものはたいへんなことにも出会うけれど、そのつど全面満足です。動物も、植物も、細菌も満足です。動物でも、動物園で長く飼われているものは、不満があるかもしれない。その場で満足できて、エスカレートしていかないものが自然の範囲です。

 

 

<習慣化すること>

 

−−−−子どものころも、体のことをされていたとご本で読みました。

 

 宮崎の田舎の中学に行っていましたが、中国式の目の体操があって、毎朝放送部がカセットテープで流してくれるんです。全校生徒一緒に目の体操をして、最後に瞑想をして終わります。毎朝していたのは影響が大きいです。同じ時間に毎日するのが大事。なぜなら、習慣化するからです。色んな時間にばらばらにするよりも、時間が決まっている方が、無意識の習慣になる。朝になるとスイッチが入るわけです。それはとても助かっている。どの学校でもやればいいと思うんですけどね。特に高等教育に入る以前は、習慣として身につけたらいいことをやればいい。高等教育に入ってからは、好きなことを研究すればいい。それまでは、詰め込むことは不要なんです。

 

−−−−詰め込むことと、習慣化することは違うんですか。

 

 知識を養うんじゃないんです。そこで養うのは、人間性のようなもの。昔の日本の教育は、人間性を養うところが大きかった。ですが今は、はじめからテクニックとしての知識を教えてしまっている。そうすると、人間性を育てるための時間が欠如してきます。いまは学校がある以上、カリキュラムも必要で、その中で上手にやっていくしかないです。が、高等教育以前の学校がするべきなのは、こんな知識がありますよと、パックにして渡していくだけでなく、人が最もその人らしく生きていくための土台を作ることです。その意味で、瞑想のような時間は有意義です。ちょうど、私が担当している京都造形芸術大学の通信の授業で、北京にお住まいの方がレポートをくれたのですが、目の体操は「眼保健操」といって、今も北京の小学校の休み時間にやっているようです。同じように、日本の学校でも、こころを落ち着けて瞑想や目の体操をしたら、どれだけ効果があるかわからない。

 

 

<子どもに戻る>

 

−−−−ぼく自身、「進学校」といわれる私立の中高一貫の男子校で、知識中心の教育を受けたのですが、大人になった今からもう一度、必要な人間性を学ぼうと思うと、どうすればよいのでしょうか。

 

 それは気功の大きなテーマの一つですが、一度子どもに戻るということです。子どもに戻ると、基礎的な素養のようなものを学ぶ余地ができてくる。ところが大人の状態、それも思考が中心になって働いていると、基礎になるようなことが全然吸い取れないんです。赤ちゃんが見本と老子が言っていて、赤ちゃんみたいに生きようじゃないかと、気功も発展していきます。思考的な働きがぽーんと飛んで、体の感受性がひらかれていて、ゆるゆるで、体もこころもやわらかで、通りがいい状態を作っていく。通りがいい状態をつくるのも気功だし、通りがいい状態でしていくことも気功です。後天的に身につけてきたことは、役に立つところもありますが、本当のことを学ぼうとしたら一回それを捨てなくてはいけない。捨てたからといってなくなるわけではないので、安心してぽんと捨ててしまえばいいです。

 

 

<性は他人のために動くこと>

 

−−−−『気功の学校』に書かれていましたが、「性は人の役に立ちたいという願い」というのがおもしろいとおもいました。

 

 それは整体の野口晴哉先生が書いていたことですね。それがふつうのことで、特別なことではないと、皆さんが思われるようになるといいと思います。人類が続いてきているのは性の働きがあるからですね。子どもを育てて、また新しい子どもができて…というつながりがある。それら全てが性です。その中の一部分だけを性として見がちですが、それを広い目で見るようになると違ってくる。

 

−−−−大学生で性に悩むことなどは多いかもしれません。

 

 年齢的に性の働きが顕著になる時期ですから、性やセックス自体に興味が出るのは正常です。あ〜よかったね〜ということですね。ただ、それが大きくなりますから、分散させることが必要なこともあります。

 

−−−−恋愛ができない、うまく行かないという悩みがあります。

 

 基本的に性というのは、他人のために動くことで、エネルギーを昇華していくということです。誰かを好きになる、その人のために何ができるかと考える。その人を自分のものにしようとするとそこに苦しみが出てくる。どうやっても自分のものにならないですから。自分の力をその人に対して出して行ける人が、自然に近くにできます。それを待つといいです。

 

−−−−誰でもそういう人ができるものですか。

 

 体の中にそういう欲求がある人はできます。それは頭の中の欲求とは別物です。子どもを作って子孫を増やしていく方向に動いている方は、自然に恋愛をして、自然にその人に尽くすようになる。そういうことをしない人もいる。それは体の欲求がないからなんです。他のところでエネルギーが大きく動いている。だから、必ずしも、パートナーを作らなくてもいいんです。

 

 

<体の欲求を原点に生きる>

 

−−−−結婚や子育てなどは経済的な問題もあります。

 

 経済を原点に据えないことです。経済を原点に据えると、生き方が狭くなってしまう。

 

−−−−では、何を原点にして生きればいいですか。

 

 体の欲求です。それは命の声みたいなものです。魂の叫びと言ってもいい。そうやって生きていると、性が当たり前になるんです。体の欲求に沿って動いていたら、人のためになることがメインになってしまう。することの中身は人によって違いますが、思わず人のために動いてしまう。それが一番気持ちがいいからです。性って気持ちがいいものじゃないですか。人のために動くのは、ものすごく気持ちがいい。でも、その気持ちよさを、ほとんどの人がいま、体験していないんです。

 経済は道具でしかないんです。戦中戦後を体験した方とか、すごく強いです。一回何もない状態を体験しているから、どうやっても生きていけるという確信がある。でも今の人は、ちょっとでもお金がないと、生きていけないと思ってしまう。でも実際はお金がなくても生きていけるんです。日本に、お金がない人のための補助制度ってたくさんあるじゃないですか。それを目当てに、海外からたくさんの人が来るんです。すごい国ですよ。ところがみんな、お金がないと生きていけないと思っちゃう。おかしなことですよね。それで自殺までしたりとかね。どれだけ狭い視野の中で生きているのかということです。

 また、今の人たちは、経済的なことで脅されると、すぐにゆれてしまう。あるいは経済的なものを前につるされると、すぐに動いてしまう。それが今の日本を、作ってしまったんです。なんで原発があれだけ増えたか。みんな、経済的なにんじんがぶら下がっているわけです。過疎になると、仕事がなくて収入もない。原発が来れば全部それが解決される。そういう構造で、全部地方に持って行ったんです。人間がやってきたおかしなことの中に、経済による脅しと誘惑がありました。でもそれを外していくと、ずいぶん自由になれる。

 経済を考えずにやっていると、経済が後からついてくることがあります。山科にある一燈園西田天香さんの生き方はそうです。完全に無一物、路頭の生活をされました。何もない、何も持たない、けど生きていける。それを大正から昭和初期にかけてされました。非常に画期的なことでした。それは、とても充実した生き方だったんです。生きていること自体が、満足の連続なんです。経済にしばられないで、本当にやりたいことをやっていくのは、満足の連続なんですよ。もちろん、お金を稼ぐことも、やってもらって構わないのですが、そこにしばられないことです。どんなにお金を見せびらかされても、ゆるがない。どんなにお金で脅されても、従わない。それが自立です。体の本来の欲求に従って生きていれば、自立が起きるんです。

 私自身、あまり収入はないですが、なければないで結構楽です。収入が低いと税金も安いですからね。きちんと働いていて、なおかつ収入がちょっと少なめという方が、実は一番苦しいのかもしれない。稼ぐ人はたくさん稼いでくれたらいいんですよ。楽しく、満ち足りた気持ちでね。もっと稼がなきゃというんじゃなくて。

 

 

<自由な学生生活の延長で生きる>

 

−−−−京大生で就職先など悩んでいる人も多いと思います。

 

 京大生そんなに悩まないでしょう。

 

−−−−いえ、今は京大生だからって採用される時代じゃないです。

 

 違う違う。学生の生活の土台がね、普通の大学に行ってるのと違いますから。

 

−−−−違いますか。

 

 違いますよ。例えば吉田寮に住んだりしたら、月々数千円で生きていけるじゃないですか。実際に寮に行く人は少ないですが、そういうことができるくらい、他の大学と比べてもライフスタイルが自由です。その土台があったら、働くということに対してもかなり自由度があがる。京大生が苦労しないというのはそういうことを言ってるんです。授業も出ないで、部活やサークルなんか遊びほおけることができるじゃないですか。そうやってあまり勉強しなくても卒業できたりするのは京大生の強み。それが生きてくるんです。

 京大的な自由な生き方が学生時代にできるのは貴重なことです。ところが文部科学省はなるべく縛りを厳しくして、意味のない学部はなくすとか言っている。

 みんな学生時代はやりたいことをやったらいいです。その延長で、その後も生きていけばいい。それはね、やりたいことが間違っていてもいいんです。間違っていても、本当にやりたいことをやっていれば、どこかで修正される。でも、やりたくないことをやっていたら、修正がききにくいんです。だから、自分の体が動いていく方向を目指します。それを、体の面で淡々とやっていくのが、気功なんです。こんな感じだなあというのをそのまま出して行く。そういう経験って日常で意外と少ないわけですね。それを習慣化していく。あ、こっちの方に動いたら気持ちいいなというのを、そのままやっていく。どんどん力が抜けていく。これがなかなかいいぞ。そのままやっていく。楽な方へすっと動いていく。毎日充実する感じを作っていく。それをそのままやっていく。そこに、一定の技術がからんできます。それはふつう技術と呼ぶほどのものではないのかもしれないけれど、例えばゆっくり手をなでるとか、それがどれくらいゆっくりかを体験すると、技術であるということがわかってくる。ゆっくり首をまわすといっても、普通のゆっくりじゃなくて、気功では一分、二分、場合によっては三分や四分かけてまわしてもいいのです。そうすると、全然違った質の体験が起こる。それは体と向き合わざるを得なくなるからです。体の欲求に外れていると不快になってくる。いかに体の本心とコミュニケーションを取っていくかが、気功の核心です。だから、単純なことを十五分くらいやって、それを一週間続けるだけでものすごい変化が起こってくる。

 日々真剣に生きるのは大事ですよ。その瞬間に悟るかもしれない。世界が変わるかもしれない。それは、何か努力して打ち立てていくものじゃないんです。もともとあるもの。その充実した世界に、ぱっと入っていくことができるんです。あるから。作るものじゃないんです。引き寄せの法則がはやっていますが、幸福を引き寄せるという考え方はあまり望ましくない。あるんです。引き寄せなくても。引き寄せようとしないのが、幸福になっていくキーポイントなんです。無理に幸せになろうとせず、手放してしまうんです。

 就職は、ぴんとくるところへ行ってください。ある意味、勘です。仏教的なことばを使えば、縁があるところに行けばいい。そうしたら、頭で動いていなければ、必要なことをそこで学ぶことができます。そこで給料を得るとかいうことではなくてね、そこで何を学ぶかなんです。遠回りでくだらないことのように見えても、振り返ってみればすごく大切なことを学んでいたということがあるんです。最初からかちかちに考えないで、なんかここ呼んでるぞ〜と考えたらいい。なんかピンと来たところです。それも恋愛と似てるんですよ。あ、なんかこの人とピンときた感じを大事にする。それが、どうなってもいいということです。最初の就職先に一生涯勤めるという時代でもないですからね。どう変わっていってもいいんです。その自由度があってはじめて本当の学びが起こってきます。恋愛もそうです。その人と一生涯付き合わないといけない、その人の家庭を一生支えないといけないということじゃなくて、いつ別れてもいい、いつまたその充実した関係が戻ってきてもいいという状態で、付き合うんです。恋愛だけに限らない。あらゆる人間関係に同じことがいえます。ただ、男女間は子孫を作ることが強力に働きますから、引き合う力が大きい。だから逆に難しい面があるわけですね。

 就職を恋愛と考えたら、向こうがほしいけどこっちが見向きもしていないということがあります。そういうところも開拓してほしいですね。全然目につかない、そんなところ就職先としてあるんかな〜というところに京大生が入ったら大きな力になるんです。大きな企業に入ったらぺーぺーですが、そういうところに入ったらいきなり主任ですよ。そうやって動かしていくことができる。

 

−−−−京大生は大企業を志す人が多いように思いますが。

 

 それも全然いいんですよ。それも一つの恋愛のパターンです。私自身ね、いくつか受けましたけれども、企業のデータを比べてもわからないところがあるじゃないですか。それで昔、河原町の母と呼ばれる有名な占い師が、四条河原町の角にいつもいたんです。占ってもらったら、「大きな船に乗りなさい」といわれ、一番大きなところにしたんです。そんなもんです。どこでもいいんです。ご縁があれば、両想いであれば。

 

−−−−最後に、京大生におすすめの気功を教えてください。

 

 「心がおちつくやさしい気功」の動作は全部で10あるのですが、全部が出来ない時は、ゆっくり首をまわす動作をやってみてください。まず頭をぶらんと前にぶらさげて、一度ゆっくり息を吐きます。それから頭の重みで自然にころがっていくように、ゆっくりゆっくり、スローモーションのように回っていきます。後ろに頭が倒れるときには、あごがゆるんで口がポカンと開きます。回数は考えずに、淡々と気持よく好きなだけ回して、適当なところで反対向きに回します。こうしてゆっくり首をまわしていると、今まで気がつかなかった凝りや疲れや痛みなどに気づくことがあるかもしれません。そうして無意識に抱えているものが表面に現れてくることから変化ははじまり、一気に首がほぐれてきます。首は頭と体とをつなぐ重要なポイントですから、首がほぐれることで、頭に上っていた気がおりて頭がポカンとして楽になるし、体が頭の一方的な指令から自由になって、体も不思議なほどすっと変わっていきます。京大生は頭を使うことは得意でしょうから、この首まわしを覚えておくだけで、いろんなときに役に立つだろうと思います。ポイントはゆっくりです。現代は、より速くと、スピードを求めがちですが、手速く作業しようとすればするほど、仕事は雑になりがちです。その逆に、ゆっくりにしてみると、まず余分な力みが消えます。そして今まで気づかなかったことに気づきだし、ていねいで質の高いことができるようになります。いちど質の高いゆっくりを体験すると、今度は、その質を保ったまま速くすることもできるようになります。ゆっくり動くと、体とのコミュニケーションの情報量が圧倒的に増え、体との対話が深まるので、次々に変化していくのです。

 「心がおちつくやさしい気功」は、まずは動画を見ながら気楽にやってみてください。最低7日間続けてみることをおすすめします。京都造形芸術大学の通信の授業でも体験してもらっているのですが、2、3日やってみている間はまだ新しい質の動きに馴染んでいる段階であまり変化が感じられないのですが、4、5日経った頃から体の変化に気づき出し、たった7日間で人生が変わるような経験をされる方が何人もありました。気功は、一生懸命に頑張ろうとする方向とは逆の方向に進んでいくのです。楽な方へ気持ちが良い方へ、自然に動いていく。それは、全ての動物に共通した自然な方向性で、生命の基本的な性質とも言えるでしょう。その原点の自然へと、回帰していくのです。