吃音になった不思議な理由

先日 吃音の仲間とお泊まり会をした
そこで 当事者研究ばっかりしてるヤバい人が 吃音になったきっかけになってる不思議な記憶 ありません? と言い出した
はじめ何のこっちゃと思っていたが ぼくもあったのを思いだした

小2の夏 祖父母と父と妹と広島の宮島に旅行した 母はたぶんいなかったと思う
祖父母の岡山の家にいたときで 在来線にやたらと長い間乗った記憶がある まさか岡山から在来線で3時間あまりかけて行ったのだろうか さすがに新幹線で広島まで行きそこから在来線に乗りかえたが なにぶん子どものときだから広島宮島口の20分ほどが長く感じたのだろうか それはよくわからないが どこかで快速に乗るべきを間違えて普通に乗ったことを覚えている

宮島はJRの宮島口からフェリーで行く 8月の広島の暑い日差しと 大きなフェリー(実際はそんなに大きくないはずだが小2のときなので大きく感じられたのだろう)が重なる記憶がある

その時なのだ 吃音になったのは
その時何かがあったはずだ

小2のときからずっとそう思ってきた

あまりにわけがわからないので 人に話そうなんて思わなかった しかし実はそう信じているのだ

その時一体何があったのだろう 祖母に話し方について言われたのだろうか 暴力的なことがあったのだろうか それらはありそうなことだが 推論の域を出ない

だが事実 その旅行が終わってほどなく大阪に帰り2学期になると 不思議なくらいどもるようになったのであった 夏休みの宿題としてこの旅行のことを絵日記にしたのも トリガーになっているような気がする

1学期の終わり 7月に国語の教科書の『スイミー』を授業で読んだとき 喉につっかえる感覚があったのは覚えている*1 タイトルの「スイミー」の「ス」がなかなか言えなかった(うまくごまかしたので先生やクラスメイトにはバレなかった) しかしタイトルさえクリアしたら 後はスラスラ読めた

お泊まり会で その宮島旅行の話をしたら 別の友人は「村上春樹の小説みたいに 半身を宮島に忘れてきたんじゃないですか」と言った

宮島に着いて 厳島神社の鳥居に行ったところまでは記憶にある ちょうど潮が引いているときで 鳥居のフジツボをさわったりした しかしそこからどうやって帰ったのかはほとんど覚えていない だから宮島に着くまでがキーなのだと思う ぼくの半身は宮島に行ったまま帰って来れなくなっているのかもしれない 帰りのフェリーに乗せてあげたいが どうしたらいいものかわからない

*1:吃音は3歳からあったが連発型のもので意識せずにすんだ これが難発のはじめでこの時はじめて吃音的現象を意識したように思う