『天気の子』の国家論——近代を抱いたまま沈む東京と日本——

 『天気の子』のラストで帆高は、「ぼくらが世界の形を変えてしまったんだ」と言う。しかし実際、帆高と陽菜が変えたのは世界全部ではなく、日本の東京という一地域である。単に地域の天気を変える話であれば、例えば大阪や岡山や小豆島なんかでも成りたつ。しかし本作では、東京の新宿が選ばれた。そこが日本の近代を象徴する場所だからだ、というのが本稿の趣旨である。

 物語の最後に、東京は沈む。いけにえを捧げなかった神罰である。むかしの日本にはどこの村にも天気を操る巫女がいて、最後はいけにえとして死んでいったと、気象神社の神主は語る。それが天気に関するものであったかはともかく、日本の村々で若い女性をいけにえに捧げたということは、史実である[1]

 近代日本において、東京の天気は穏やかであった。だから、劇中におばあさんが語るように、二百年かけて海だった場所を陸にし、街を作ることができた。そこに神話的な意味を見いだすならば、太陽神で女性神である天照大神の地上における体現者、天皇が移ってきたことがいえるだろう。天皇を戴く東京は太陽神に微笑まれ、安定した天候に恵まれた。

 かつて村々にいた巫女が近代にいなくなった理由は、国家による神道の中央管理化が進んだことがいえるだろう。明治6年には巫女を禁じる法令が発せられている。[2]天皇の威光が日本全土を照らし、いけにえを村々という小さな単位で行う必要がなくなった。太陽神が全国をおおった。

 東京の長雨が意味するのは、近代の終焉ではないだろうか。劇中で天皇は登場しないが、もしかしたら天皇制は終わっているかもしれない。あるいは、天皇制は形としては続きつつも、中身が死んでしまっているのかもしれない。いずれにせよ、東京は太陽神から見放されている。

 天皇制それ自体が、いけにえのシステムだといえた。皇室に生まれたというだけで、一般の日本「国民」が享受する人権を奪われる。東京は、日本は、いけにえを中心に発展してきた。近代天皇制という大きないけにえが、村々の少女が巫女として捧げられることから解放したのかもしれない。

 だが、天皇ではもうだめになった。新たないけにえが求められ、陽菜が選ばれた。陽菜が祈った場所が、代々木という明治神宮の所在地であることは象徴的である。近代日本最初のいけにえが眠る場所を見下ろして、陽菜は祈る。願いは、晴れること。明治天皇天照大神の力が働く。それは、陽菜が祈って晴れにした一番大きな仕事が、明治神宮外苑の花火大会という祭りであることにも示されている[3]

 しかし陽菜は結局、地上に戻ってきてしまう。いけにえを捧げなかったむくいとして、東京は毎日雨が降り、徐々に沈んでいく。帆高が高校を卒業して3年ぶりに東京に行くとき、東京の鳥瞰図が写される。そこでは、皇居の森はかろうじて残っているものの、その東の下町エリアはほぼ沈んでいる。そして、水上バスが行き交っている。

 私は、水上バスがせわしなく行き交う東京を見て、意外に思った。東京を放棄するという選択肢は選ばれなかったのか!と思ったのである。根拠はないが、あの賑やかさから、東京は首都のままかもしれない、と感じた。

 首都東京が徐々に沈みゆく運命にあるとき、遷都は当然考えられる選択肢である。日本において首都とは天皇のいるところである。天皇が東京にいては太陽神は輝き給わないのだから、他の地(おそらく京都や大阪になるだろう)に移して、輝きを取り戻していただく、と考えることができる。

 それはすなわち、近代の終焉となる。東京遷都とともにはじまった日本の近代だが、神に見放されたのだから、首都移転によって近代を断ち切って、ポストモダン日本として再生する。そうした歯切れのいい方法を、劇中の日本人は選ばなかった。選んだのは、神に見放された東京と近代を抱きながら、冷たく沈んでいくことだった。

 物語の最後に帆高は、「世界がどれだけ狂っても、ぼくらふたりは大丈夫だ」と言う。「東京と日本、そして近代が沈んでいこうとも、ぼくらは大丈夫だ」という意味である。もちろん、となりに陽菜がいるから。陽菜にとってはとなりに帆高がいるからである。

 「世界なんてもともと狂ってたんだ」と須賀も言うように、東京も日本も本来はわけのわからない世界だった(東京の下町はかつて海だった)。そこに秩序を与えたのが、村々にいた巫女=いけにえであり、天皇(=いけにえ)を中心とした国家体制だった。秩序が失われようと、おばあさんが言ったように、「元に戻っただけ」だ。我が友人の小峰くんは、帆高と陽菜という二者の結びつきこそが本当の公共なのだと述べている。映画では、児童相談所や警察といった近代の「公共(秩序)」を名乗るものが、実際は形のみのものであり、陽菜と凪の二者、帆高も加えて三者(あるいは編プロのふたりも加えてもよいか)の生み出していた公共を破壊する働きとなっていたことが示された。近代が終わりつつあるいま、身近な関係(それは必ずしも恋愛関係でなくてよいだろう)から個々人が公共を作っていく。そういうメッセージがあるのではないだろうか。

 さて、新海誠はなぜ今のタイミングでこの、東京が太陽神に見放され、いけにえに陽菜という女性が選ばれる物語を作ったのか、考察したい。太陽神を地上に体現する天皇制は、まもなく終わろうとしている。皇位継承者を男系男子に限るという今のシステムでは、悠仁親王に男子のお世継ぎが生まれなかったら、天皇制は終了となる。女性(女系)天皇を公認するかどうかが目下の問題である。今まで男子のみが天皇といういけにえになったのだが、天皇制を続けるには、今後は女子もいけにえとしなくてはならない。つまり、陽菜は今後生まれる女性天皇を象徴する。劇中では帆高が、近代日本が終わろうともあなたが必要だといって、地上に戻してくれた。しかし未来の女性天皇がそのように、社会の犠牲ではなく個人としての結びつきを得ることができるのだろうか、そのような問いが発見されるのである。

 最後に、『天気の子』の性風俗描写について、記しておきたい。はじめに、「バーニラ バニラ バーニラ 求人」と性風俗の宣伝車が新宿の町を走るが、これは陽菜という巫女との出会いの伏線となっている。というのも、巫女はかつて、性を売る者でもあったからである。日本の遊郭は神社を中心に発達してきたが[4]、ここでは明治神宮と歌舞伎町(陽菜)がセットになっているだろう。

 古来、巫女は処女であることが求められた。陽菜がラブホテルでエロビデオの撮影をされそうになり、結局帆高くんの(無用な?)活躍で逃げられたが、もしあのまま撮影していた場合、天気の巫女としての働きはその後も有効だったのだろうか、と気になる。また、「されそう」と書いたが陽菜は、貧困のためやむにやまれずとはいえ、撮影に合意しているのであり、大きな抵抗は見られない。性を売る巫女としての姿がここにも見えた。巫女が処女であらねばならないということと、性を売る巫女というのは当然矛盾するのだが、巫女にも色々な形態があったようである[5]。ラブホで最後の夜を過ごす、帆高、陽菜、凪はとても楽しそうである。そこにも、性の場所に輝く巫女の姿がある。

 

[1]日本巫女史』(初版は昭和五年 2012年国書刊行会より復刊)p225 第二節 人身御供となった巫女 「現在ではこの民俗の存したことは、単なる文献や伝説ばかりでなく、考古学的に遺物の上からも証明されるまでに研究が進んできた。」「人身御供に上げられる女性のうちに、巫女がその多数を占めている」

[2]日本巫女史』p640

     達第二号       府 県

従来梓巫市子並憑祈禱狐下ケ杯ト相唱玉占口寄等ノ所業ヲ以テ人民ヲ眩惑セシメ候儀自今一切禁止候条於各地官此旨相心得取締厳重可相立候事

   明治六年一月一五日  教部省

[3] 第1回は1980年に明治神宮鎮座60年記念としてはじまった 神宮外苑花火大会 - Wikipedia 

[4]日本巫女史』p425に例が多数挙げられている。伊勢神宮と古市遊郭にはじまり、「奈良の木辻と春日社、摂津住吉社と乳守、広田社と神崎、下関の赤間社と稲荷町筑前の筥﨑宮と博多柳町、讃州金毘羅社と新町、日吉神社と大津の紫屋町、出雲の美保神社と同地の遊里、越後の弥彦神社と寺泊、敦賀気比神宮と六軒町、熱田神宮と宮ノ宿、静岡市浅間神社弥勒町、伊豆の三島神社と三島女郎衆、常陸の鹿島社と潮来遊郭、武蔵府中の国魂神社と同所の遊女町、信州の諏訪社と高嶋遊郭、陸前の塩竈神社と門前の遊郭などを重なるものとして、ほとんど枚挙に遑あらずという多数である。」

[5]日本巫女史』p422「人妻であっても、娼婦であっても、物忌だに済せば、再び元の処女として、神に仕える事を許されたのである。しかしてこの思想は、巫女と娼婦の境界線を撤廃するに、大きな力となって、社会的に動いていたのである。」また同書の一番はじめ(p18~35)には、様々な種類の巫女が一覧になっている。