台湾・花蓮 語学留学記

201991日から、2020年1月半ばまでの4ヶ月半、台湾の花蓮に語学留学をしていました。

大学名は言いませんが、仏教系の大学の中国語センター(華語中心)です。大学の頭文字を取って、C大学とします。

非常によい体験で、また中国語も伸びました。C大学はお勧めしたいので、どのような環境だったか、ご紹介します。僭越ながら、読み手の方々に助言をするという形式で進めます。

 

1.中国語を一からはじめる人は9月以外からがいいかも

 台湾での語学留学に関心がある人はご存じのこととおもいますが、台湾の華語中心は4学期制です。いち学期がだいたい2ヶ月半です。華語中心は、4つの学期のうちいつ入っても制度上は変わらないのですが、実際の体験としては大きく変わるだろうと思いました。

 理由を述べる前に、「年度はじめ」について考えます。日本での年度はじめが4月からであるのに対し、国際的にはふつう9月はじめです。つまり、9月は人の入れ替わりが激しいということです。C大の華語中心も、ぼくと同じく9月から来た学生が多くいました。その結果、一番初級クラスの人数があふれかえっていました。

 C大の華語中心をクラス別にみると、9月からの学期はだいたいこんな学生数でした。

totally beginner 16人(8×2クラス)

初級1 4人

初級2 3人筆者はここ

初級3 3人

中級1 0人(開講せず)

中級2 4人

中級3 2人

高級  0人(開講せず) 

 つまり、totally beginner(完全に一からはじめる人)のクラスだけふたつもあり、しかもひとクラス8人もいたのです。他のクラスはだいたい3名前後でした。

 C大学の特徴は、なんといってもその少人数制にあります。なおかつ、クラスの種類も多いです。他にも、少人数の華語中心を持つ大学はありますが、それだとクラスの種類が少なくて、レベルの合わない人と一緒に授業を受けないといけなくなることがあるそうです。花蓮にもうひとつある大学の華語中心はそうだったと、過去にそこの大学にいた人に聞きました。

 さて、先に華語中心は4学期制で、ひと学期が2ヶ月半だと書きました。ぼくの通った華語中心は、9月の最初にはじまったので、11月の半ばに学期が終わりました。まるまる一週間の休みをはさんで、11月終わりから次の学期がはじまりました。

 そのときのクラス編成はどうなったかというと

totally beginner 7人

初級1 16人(8×2クラス)

初級2 4人

初級3 3人筆者はここ

中級1 0人(開講せず)

中級2 3人

中級3 4人

高級  2人

 だいたいこのようになりました。9月に、totally beginnerだった人たちは、ひとつ進級して初級1になりましたが、やはり人数は多いままです。

 ぼくが今回、この大学に行ってよかったと思うのが、なんといってもその少人数制です。なのに、9月から中国語をスタートした人たちのクラスでは、そのメリットを活かしにくかったこととおもいます。

 

2.クラス選びはたくさん見て回るといいです

 中国語を一からはじめる人は、totally beginner クラス一択ですが、そうでない人はクラス選びをしないといけません。C大学では、はじめの3日間だけ、自由にいろんなクラスを見ることができるものの、4日目からは固定でした。クラスが自分のレベルにあっているかを選ぶのですが、といっても、教科書が自分のレベルにあっているのか、先生の話す速度があっているのか、クラスの雰囲気があっているのか、など選ぶポイントはいくつかあります。ぼくは、「他の同級生の話すスピードがあっているか」これが何より重要だとおもいます。先生は、話すスピードや語彙を、生徒のレベルに合わせてくれます。教科書は、よほど簡単すぎなければ、どの教科書からでも学ぶことはたくさんあります。しかし、同級生のレベルが自分より低すぎたり、あるいは上すぎると、かなりストレスです。華語中心の学生は、一日3時間の授業のために少なくないお金を払うことになります。一日のメインイベントが授業です。なのに、同級生が自分にはわかりきったところでつまづいて授業が進まないとか、先生がレベルの低い同級生に合わせて簡単な授業をしたりとか、あるいは逆に授業がわからないとか、そういうストレスをかかえて月~金の3時間を過ごすのは、かなりきついです。

 なので、同級生たちのレベルが合わないかもとほんの少しでもおもったら、必ず一個上や下のクラスを見るようにしてください。ぼくの感覚では、あえて無理をせず、ちょっと簡単めかな、くらいのところに行くのがいいとおもいます。というのも、せっかく語学留学をするにあって、授業で一番大事なのはよく発言することだからです。たくさん発言してたくさん間違えてたくさん訂正してもらうのがいいです。

 ただ、ぼくは9月からの学期はよかったのですが、11月終わりからの学期で、自分よりずいぶん下のレベルの人がクラスに入ってきてしまい、ストレス大でした。その人はその学期からC大学に入ってきたのですが、事前のSkype面接で高級班になり、そこからどんどんクラスを降りてきて、ぼくのクラスにやってきたのでした。C大学華語中心の大きな欠点として、留学前にSkypeでする班決めの面接がザルでほとんど意味をなさないという点があります。他の大学だと、はじめに筆記や面接のテストをして決めてくれるところもあるようです。

 なんにせよ、このクラス選びは本当に大事だとおもいます。自分に合ったクラスを見つけられるよう、できるかぎりのことをされるのをおすすめします。その11月に来た人は、どうしても授業のレベルが合わなくて、結局最後は来なくなってしまいました。そういうことになるのは、とてももったいないです。

 

3.寮に住むといいかもです

 住む場所ですが、ぼくは寮を選びました。これが大正解でした。寮の仲間たちと交流するのが本当に楽しかったです。いつも、寮の仲間たちとご飯を食べに出かけていました。ときに、一緒にグラウンドで走ったり(ぼくはほとんど歩いてましたがw)、バドミントンをしたり、意味なく遅くまで話したり、大部屋で映画を見たり、海辺に出かけたり。逆に、寮に住まずに、たとえばアパートの一室を借りてひとり暮らしをしていたら、どんなに退屈だったことだろうかと思います。C大学の寮は、基本は4人部屋で、家賃は、電気水道と飲み水込みで一ヵ月あたり日本円で9000円くらいでした。でも、必ずしも4人部屋全部埋まるわけではなく、2人か3人で4人部屋を使うというパターンが多く見られました。また、仏教の活動のボランティアで数日~数週間滞在する人のためにあけている部屋もあって、その人たちがいない時期は(ほとんどいないです)、その部屋を勝手に使うことができました。音読したりネットで動画を見たりは、ひとりの空間がほしいので、そういう空き部屋を使いました。

 ふだん住む部屋はwifiが届いたのですが、隣の部屋や向かいの部屋は届かなかったようでした。これは運次第です。ぼくは気になりませんでしたが、同部屋の人が遅くまで起きて騒いでたり、夜中のトイレの音がうるさく感じたりした人もいたようです。やはり同部屋なりの苦労はつきものだとおもいます。しかしこの大学はきれいに掃除された空き部屋があるので、こっそりそこで寝ればいいのです。

 寮には何歳の人でも住めますが、比較的若い人たちが寮暮らしを選んでいました。単純に、安いからかもしれません。だいたい30代までの人が寮に住んでいました。華語中心で学ぶのは18歳~30歳くらいの人がほとんどでしたが、中には4050代の人もいました。彼らはアパートかゲストハウスに住むことを選ぶことが多いようでした。他に、宣教師の人たちも来ていて、彼らは教会の寮に住んでいました。あとは、花蓮の人と結婚したとか、家族で東南アジアから花蓮に移り住んだという人が、家から通っていました。

 寮には食事はついていませんが、大学に食堂があります。しかし、朝ごはんを除いて、なかなか相当にまずいです。ぼくも含めほとんどの人が、外に食べに行っていました。外にはいろいろお店がありました。

 

4.英語はできた方がいいでしょう

 特に、寮に住む人にいえることなのですが、英語を使う機会は多いです。立場が同じである、華語中心の学生たちと仲良くなるとおもいますが、彼らの中には中国語がうまく話せない、あるいは全く話せない人がたくさんいるわけです。そして、今回行ってわかったのですが、みなよく英語ができました。

 また、華語中心の先生たちも、totally beginner のクラスでははじめ、英語で授業をするそうです。全く英語ができないと、先生の説明もわからないことになります。華語中心の先生やスタッフは、みな英語がよくできるようでした。

 ちなみに町中では、若者は日本以上に英語がよくできますが、中年以上の人は日本と同じような感じで、ほとんど通じません。でも、若者・中年以上の人ともに、日本語ができる人も多くいます。最近の若者では、韓国語ができる人も増えているようです。

 

5.アルバイトは見つけられるとおもいます

 ワーキングホリデービザで来ている人は、アルバイトをすることができます。花蓮という、都市圏人口20万人の小さい町でも、自転車をこいでいるとたくさん「徵(zhēn)」つまり、「求人募集」の看板を見ましたし、日本人でワーホリビザで来た人たちも、日本料理店(たくさんあります)やリサイクルショップなどで働いていました。給料は台湾の最低賃金150元(≒500円)のようでした。

 日本語を教える仕事を花蓮で見つけるのは、とても難しいです。個人的なつながりしか頼ることができません。大手の外国語塾は、地球村が駅前にひとつあるだけです。

 

6.自転車は必須です

 C大学は花蓮の町中から6km山手にあります。大学の近くにもスーパーや飲食店街はありますが、バイトを見つけるとか、本を買うとか、映画を見るとか、それらをするには町中に行かないといけません。でも、市バスは本数がとてつもなく少なく、使い物になりません。日本の運転免許をJAFで中文訳してもらって、バイクに乗るのも手ですが、自転車があればこと足りるとおもいます。しかし、台湾の交通は危ないのでヘルメットと前後ろのライトをつけた方がいいとおもいます。自転車は、大学の中にいらなくなったのが捨ててあるので、それをひろって、近くの自転車屋さんで修理するのがおすすめです。一番近いところはぼったくりなので(ぼくを含め華語中心の友人何人かが被害にあいました。でも中国語はじめたばかりの日本人の友達はうまく値切って自転車を買ってました。すごい。)、二番目に近いところがいいです。おじさんが職人かたぎの親切な人でした。朶利車自行車行というお店です。調べてみてください。

 また花蓮という町の周辺を、自転車でサイクリングするのはとても気持ちがいいです。花蓮は水が澄んでいてスピードの早い水路が多いのですが、その水路に沿って、田畑や山を眺めながら自転車をこぐのは爽快でした。自転車で山のそばまで行って、山の遊歩道を歩いたこともあります。台湾西部は大気汚染がひどいですが、花蓮は空気もほんとうにきれいです。山はぼくの住む近畿ではほとんど見られない急峻さで、いつも見とれていました。(近畿では、滋賀の蓬莱山や伊吹山が似てたかな。あのクラスが連なっています)

 

7.その他勉強あれこれ

 特にはじめて中国語の勉強をする人に向けてですが、紙のでも電子辞書でもいいですが、辞書は持ってきた方がいいとおもいます。単に教科書の例文を覚えるだけではなく、自分で作文をする機会も毎日のようにあるので、辞書はよく使います。日本の出版社刊の中日・日中辞典は、台北や高雄の紀伊国屋などでは手に入るとおもいますが、花蓮の本屋ではおそらく手に入りません。スマホのアプリもありますが、辞書の方がクオリティは格段に高いと思います。

 C大学は注音(ㄅㄆㄇ)ではなく、ピンインで授業をしていました。いまは、多くの大学の華語中心が、ピンインを使っているようですが、中には注音のところもあるようです。C大学華語中心の先生たちも、生徒に注音ユーザーが多かったら、注音で教えることもあるようです。台湾人は注音を使いますし、台湾で売っている子ども向けの書物のルビもすべて注音です。なので、今後大陸ではなく台湾で中国語を使っていくのでしたら、注音は覚えた方がいいとおもいます。といいつつ、ぼくはまだちゃんと覚え切れていません。

 簡体字繁体字については、これはすべて繁体字で授業がされているようです。おそらく、台湾全土でそうだとおもいます。

 パソコンは持って行った方がいいです。というのも、プレゼンテーションにまとめて発表するという授業が結構たくさんあったからです。

 

8.その他生活あれこれ

 花蓮の物価は、台北に比べると安いですが、台湾全体で見ると特に安いわけではなく、一食100元くらいふつうにします。南部の大都会である、台南や高雄の方が食費や寮費は安いようです。

 大学図書館は、日本語書籍がたくさん置いてあります。これはC大学に限らず、どこの大学もそうであるようです。日本語で読む物がなくなるのが心配だからという理由で、日本から本を持って行く必要はないとおもわれます。

 花蓮は、都市圏人口20万人くらいで、文化的にはやはり保守的だとおもいました。台北などであれば、様々なマイノリティについての集まりなどがあるのだと思いますが、そういったものはなさそうに見えました。台湾社会の先進的な状況を知るという点では、花蓮はほとんど使い物にならないとおもいますが(でも原住民の権利運動の活動はやってるのかな)、空気がとてもきれいで、なおかつ必要なものはだいたいなんでもそろうので、のんびり中国語を勉強するという点では最高かとおもいます。

 あと、町中のカフェで毎週月曜日に Language Exchange の集まりがあります。ぼくはいつも台湾史の話をしていました(笑) Facebookにページがあります。

語言交換在花蓮 Language exchange in Hualien公開グループ | Facebook

 ビザ取るか問題については、ぼくは3ヶ月内ノービザの仕組みを使って、途中で出国してまた入国しました。ただ、すでにコロナ後の世界に入ったので、安全のためビザは取って行った方がいいと思います。いざというときに、台湾政府が我々をどれだけ保護してくれるかということを考えないといけません。

 

9.障害がある人へ

 ぼくは吃音という発話の障害があり、外国で障害を持ったまま生活してみるというのはどんなものか、不安でした。特に、中国語の授業を毎日受けるわけで、言語の障害があるのはたいへんではないか、とおもいました。実際は、先生も同級生たちもみな、よく理解してくれました。障害者に対する人権意識が日本より遅れている、ということはないように感じました。

 C大学では、車椅子に乗っている人は少しだけ見かけました。ただ、正直いって、車椅子の人にC大、というか花蓮のような田舎町は勧められません。花蓮は田舎で公共交通も不便極まりないです。自転車かバイクがないと、ほとんどどこにもいけません。移動が制限される障害がある方は、地下鉄が発達している台北か高雄の大学に行かれるのがいいとおもいます。台中もやっと一本目の地下鉄が、今年202011月に開通するようですね。

 

10.おまけ.華語中心の学生たち

 自分で思いついておもしろいと思った、役に立たないことを書きます。華語中心の学生たちの傾向をぼくの偏見に基づいて区分してしまうという野蛮な遊びです。

 学生たちを見ていると、あぁ、こういう人たちはこういういきさつでここに来ているのか、というまとまりが見えてきます。それを示します。

 まず、ぼくが親しくしていた人たちは、地域別には主に以下の3種類にわけるといいように感じられました。右のダッシュ部分は後で解説します。

・東南アジア人——エリート華人たち——

・欧米人——趣味人たち——

・日本人——意識高い苦学生たち——

です。それぞれに傾向があります。

 まず、東南アジアの人たちはほとんど全員、華人(華僑)です。これが意味するのは、彼らの親も、彼らが中国語を学ぶことを期待しているということです。つまり、金は親から出ています。なので経済的にゆとりがあります。

 そして、みな英語がよくできます。中国語を学ぶ前に、英語の教育をしっかり受けることができる学校や大学に通っていたのだとおもわれます。といっても、東南アジアで高等教育を受けるとなると必然的に高度な英語力が求められますね。みな、基礎教養のしっかりした、エリートたちでした。学生がほとんどでしたが、職業を持つ人たちは、医師や料理写真家といった専門職でした。学んだ中国語は、将来の仕事に活かそうとおもっているようでした。

 次に、欧米から来た人たちです。彼らは趣味人でした。言語を学ぶのが好きとか、中国文化が好きとか、そういう理由で来ています。あと、山が好きだから花蓮に来たという人も何人かいました。暇をみつけてはハイキングに行っていました。お金は、自分で働いて貯金して来たという人が多いようでした。学校や会社のエリートという感じの人は少なかったですが、基礎教養はしっかりしていて、知り合った人全員英語がよくできました。親しくしていた24歳のアメリカ人女性は、NYの生まれ育ちで、ロッキー山脈あたりで環境保全の仕事をしていたということでした。この人も立派な人だった

 最後に日本人です。日本人は苦学生でした。苦学生というのはそういうものなのかもしれませんが、みな意識が高かったです。ワーキング・ホリデーのビザで来ている人も多く、中国語の授業を受けた後に、花蓮の町中のバイト先まで7km自転車をこいで行き、時給150元(≒500円)で働いていました。将来の職業に活かしたいという人も、広い世界を見たいという人もいましたが、とにかくよく頑張っていました。日本人同士なのでよく話したのですが、「おぉ、やる気あるなぁ」と内心しばしばびっくりしていました。

 他に、C大学の仏教ボランティアネットワークで来ていた、モザンビークの人たちが数名いましたが、彼らとはあまり話していないので、よくわかりません。ボランティアネットワークをきっかけに来たという、東南アジアの華人も、少なくない数でいました。宗教ということでいえば、キリスト教の宣教師たちもいました。

 以上、東南アジア・欧米・日本の3グループ(と、仏教やキリスト教で来た人々)にわけましたが、みな真面目に中国語の学習をしていたようでした。そして、こういう区分わけが往々にしてそうであるように、例外が多々あります。というか例外だらけです。たとえば、日本人であるぼくは全然苦学していないです。実は資金は祖父母の貯金とパトロンの寄付で出ていて、わりとのんびりと、ひまな時間は自転車をこいだり、パソコンで随筆を書いたり、昼前まで寝たりして暮らしていました。台湾や中国の文化が好きなだけで、将来の仕事に特につなげる気もなく来ているという点からいっても、上のぼくの区分によれば、どちらかといえば欧米人タイプなのかな。でも、東南アジアの華人たちと一緒にいることも多かったですし、資金の出方も華人っぽいですね。(将来の仕事につなげる気がないという点で)はじめから家族の期待を裏切る気でいる華人ということでしょうか。家族のネットワークが強い本物の華人ではあり得ないことかもしれません。

 

11.留学先選びは運ゲー? 成功大学での失敗記

 人生の選択ってそういうものなのかもしれませんが、台湾の語学留学も、選んだ大学が自分に合うかどうかは、運要素が大きいなと思います。それに、なかなか事前情報が手に入りにくいですね。だからぼくもこうして書いて、他の人に参考にしてもらおうと思ったわけですが、でも肌に合うかどうかは始めてみないとわからなかったりするよなぁと思います。

 実はぼく、大学4回生を休学していた2015年に、台南の名門国立大学である成功大学に語学留学をして(名門大でも語学留学なら金さえ払えば誰でも入れます)、友達全然できず、授業も途中で行かなくなって引きこもっていたという苦い経験があります。だから今回花蓮に行くのもすごく不安だったのですが、うまくいって本当によかったです。

 花蓮C大学は少人数制ですが、成功大学はひとクラス8人くらいで、吃音のぼくに発言するのはハードル高すぎと初日の授業見学で思って、一対一の授業に換えてもらったんです。それが、一日2時間だったのですが、全然おもしろくなかったです。なんでおもしろくなかったんやろうやっぱり先生と一対一じゃ気が詰まるんやろか。それとも、その頃は中国語やる気あんましなかったんやろか。謎です。C大学は一日3時間の授業ですが、成功大学は一日2時間にプラスして、週に3コマほど、歌を習うとか、台湾の地理を習うとか、そういう文化発展的なクラスがありました。それは大人数で、ぼくはそこでも発言できず、それもすぐに行かなくなりました。

 C大学は大学提供の寮がありますが、成功大学は語学留学生用には民間の寮しかなく、そこでも全く友達が作れませんでした。ひとり部屋だったのですが、ずっと引きこもっていました。ずっと引きこもっていると、肩や背中が痛くなります。なので毎日、台南水都水世界というプールに行って、泳いだり、暖かいお湯が出るところでくつろいだり、ぼーっとしたりして1時間半~2時間過ごしていました。それは楽しい時間で、この台南語学留学では、中国語はほとんど伸びませんでしたが、水泳だけはうまくなりました。

 あと、FBの日本人と台南人が交流するページに、言語交換を呼びかけて、ひとりとてもすばらしい友人ができました。言語交換といっても、彼が日本語ペラペラだったので、日本語だけで話しました。彼とは今でも親しくしています。

 今回のC大学は、成功大学よりは自分に合っていたかなと思います。実際、楽しく終えることができてよかったのですが、それも、幸運やったなぁと思う点がひとつあります。C大学の初級〜中級あたりのクラスは、金曜日だけ「會話課」という、ふだんのテキストとはちょっと違うものを使い、先生も別の人に変わる授業になります。ぼくは11月〜1月の学期では金曜日だけ、ひとつレベルが上のクラスに入ってみたのですが、そのクラスの人たち(の内2人)ととても相性が悪いことが、入ってからわかりました。1月に全クラスで各国の料理を作り正月の過ごし方について発表するという授業があったのですが、その共同作業をする段になって、大ゲンカすることがありました。正確には、ぼくがあんまりやる気ない感じでいたら、いきなりキレられたのですが…。それはさておき、もしぼくがいち学期早く、つまり5月にC大学に入っていたら、毎日彼らと同じクラスだったわけで、9月から行っておいて本当によかったなぁ…とおもいます。5月に行ってたら、途中で嫌になって帰国していたかも。いやぁ、ほんと運ですね!人生は運ゲー

 でも実際、2015年の成功大学がうまく行かなくて、2019年のC大学が楽しかったのは、自分のいわゆるコミュニケーション能力?みたいなのが上がったかもという要素は大きいのだとおもいます。この言葉は就活くさいし、能力主義的なのであまり使いたくはありませんが、使ってしまった…。

 

12.おわりに

 花蓮の語学留学が終わってもう3ヶ月たつのですが、夢のようにおもえます。でも、ふと思いだすと、まるで自分の体があのC大学の寮や、花蓮の町にいるような気がします。とても楽しい日々でした。遊んでばかりいたような書き方になってしまいましたが、勉強もよくしていたんですよ。授業の3時間に加えて、毎日自分でも3~5時間くらい勉強していました(9月~11月の先生は宿題も多かった)。君は真面目な生徒だとよく褒められましたし、日常会話が以前よりはだいぶできるようになりました。それでもまだまだ、聞き取れないことがほとんどなのですが。帰国してからも、台湾で手に入れた漫画や絵本、小中高の教科書、あるいは日本で手に入る教材など使って継続的に勉強できているので、学習継続の波をつくるいいきっかけになったなとおもいます。