「笑っていい」とされているけど嫌なこと

世の中には、これは笑ってええやんな、これ笑うことで仲良くなりまひょ、というコードになっているものがある。たぶん「ひと息つける共通の話題」のつもりなのだろう。毎回天気の話してもしょうもないから、もう少し笑える話題のつもり、か。でも、そういうのって実は全然おもしろくない。そういうのでぼくが嫌なものを2つ挙げる。

言語
大阪弁出ませんね」とか、笑って言ってくる人がいるが、ぼくは大阪・近畿・日本・東アジアあたりのなかで自分の歴史的・地域的アイデンティティをどう位置づけるかいつも考えているので、それめちゃめちゃセンシティブな話題なのだ。そして、大阪とか近畿とか大事にして、その言葉を使っていこうとしているつもりなのに、「マイルさんは標準語話されますね」とか、笑いのノリで言われるととても悔しい。

もっと太らなあかんで
昔は、もっと食べて大きくならな(背を伸ばさな)あかんでと、よくおばちゃんやおばあちゃん世代の人に言われたものである。特に、ご飯を食べさせてくれるときによく言われた。ぼくはずっとクラスで一番背が低かったので、それを言われるたびに自分の背の低さが思い出された。さすがに20代になると、さらに身長を伸ばすことは求められないが、でも痩せてはいるから、今もあいかわらずおばちゃんたちは、ぼくにご飯を食べさせるときに「マイルくんはもっと太らなあかんな」みたいなことを言う。で、ぼくは食べさせてもらってるので何も文句言わないけど、それけっこううっとうしいです。ぼくは今の体型気に入ってる。もう少し太った方が貫禄がつくとよく言われるけど、今で不自由がないし、太ったら歩いたり走ったりするのがたいへんそうや。おばちゃんたちは、自分らがもっと痩せたいのと、ご飯食べさせるのちょっと照れくさいからそう言ってるんやろうけど

言語にせよ体型にせよ、本気で興味持って言われるのなら、ぼくも反論したり一緒に考察したりできるのだが、とりあえず互いに笑えるものとして話されるので、反論することははじめから禁じられてしまっている。反論が禁じられるなか、できる精一杯の抵抗として、「一緒になって笑わない」ということをしている。とにかく、真顔で返事をする。少し伏し目がちになるとかもいい。「マイルくんはもっと太らなあかんね」に対して、「はぁ、はい」と、ちょっとうんざりですみたいな雰囲気を出しながら返事をして、とりあえず不快感は出しているつもりである。伝わっているかどうかはあまりわからない。

先日、乃木坂46の堀未央奈さんが「のぎおび」というニコ生みたいなやつで個人配信していたとき、いくつか来ていた「目の下にクマがあるよ」というコメントに対して、クマは遺伝だと断った上で、「ちなみにクマあるよって言われるの私好きじゃないので言わないでください。今後一生。」と発言していたが、これくらい言えたら最高なんだけど、なかなかそうはいかないものである。


これも、視聴者は堀さんに、ちゃんと寝てますかって心配で言ったのかもしれないし、ぼくに「もっと太らなあかんで」と言うおばちゃんたちも、ぼくがちゃんと食べてるか心配なんかもしれん。相手の愛情は伝わるので、あんまり厳しい返事をするのもどうなのかなとおもっている。

こういう、決して悪意から出たものではないけど、嫌なこと言われる現象をマイクロアグレッションと言うらしい。

そういえば、漫画の絶望先生でも、「あなたにとってはその話はじめてでもこっちは言われるの百万回目ですから」みたいな話があった。珍しい苗字の人がそれについて何か言われるのもう飽きてるとか。そういうのも、笑いのネタみたいに言われるとムカつくもんやと思う。

で、セクハラ問題でもよく言われることやけど、「なら何を話したらええんや」という反論が予想される。ぼくがそれに答えるなら、真面目にしゃべってくださいということである。いや、笑いがダメということではなく、笑いを定式化せずに、まず本当に興味持って話を聞いて、それでおもしろいところが出てきたら、笑うに任せればいいのである。「これを言えばお互い笑える」なんてのは勘違いなのだと気づいてほしい。それはマジョリティ規範にやむを得ず従っているだけなのである。